特定非営利活動法人エイブル・アート・ジャパン

Good Willネットワーク【東北⇒熊本】心のケアの旅

2017.03.20

Good Willネットワーク【東北⇒熊本】心のケアの旅

2017年3月8日

弟子丸先生(精神科医師)と心のケアのあり方を振り返る

久留米市 弟子丸和博先生宅

レポート:NPO法人ポラリス 田口ひろみ

【「ポラリス基金」支援先を訪問し、現状把握と今後の連携を考察】

私は、 東日本大震災当時、宮城県山元町の社会福祉協議会で勤務し、障害者支援を担当し、必要とする支援を全国からいただき、様々なことを学んだ。

その経験をもとに、2015年、被災地での新しい福祉を創造することを目指し、NPO法人ポラリスを設立した。

2016年4月に熊本の震災が発生し、「ポラリス基金」を設立。熊本で被災した支援の届きづらい弱者のもとへ、被災し全国から支援をいただいた宮城県山元町からも応援したい事を町内をはじめ、全国のつながっている人たちに発信し、支援金などが集まった。「ポラリス基金」は、奈良の一般財団法人たんぽぽの家、NPO法人エイブル・アート・ジャパンを中心に、全国の仲間たちとそれぞれが出来るカタチで支援を届ける連携を目的に設立した「Good Willネットワーク」に加わった。ポラリス基金では、被災で困っている障害者施設と、そのような場所に直接支援を届けている九州のNPOへ支援するための活動資金を送ることができた。今回の熊本訪問では、その方々に直接お会いし状況をお聞きし、今後も継続して情報交換し、助け合えるつながりを育みたい。

【弟子丸先生宅訪問での意見交換】

東日本大震災当時、佐賀県精神神経科診療所協会会長であった弟子丸和博先生は、宮城県の同協会を応援に駆け付け仙台に滞在し、4月末から約1か月、精神科が無い宮城県山元町の心のケア支援を目的に、震災2か月後やっと再開出来る事になった町唯一の精神障害者通所授産施設に全国のスタッフらと共に、毎日通って下さった。

町の4割が津波で浸水し、犠牲者は670名余りという状況で、通所する障害者をはじめ、スタッフ、保護者、地域の様々な人たちに心のケアが必要だった。先生には必要とする方に、日々カウンセリングを行った。PTSDやうつの症状の保護者も診てもらい、精神科での治療をすすめることにつながった。

この心のケアにあたった関係者は、現在「みやぎ心のケアセンター」をつくり、今も県内の被災地域の心のケアにあたっている。このチームの迅速で柔軟な心のケア支援を受け、当時カウンセリングを受けられた人たちは体調を回復して生活している。心身のリハビリにより、支援者らも燃え尽きたりせず、仕事にあたっている。私たちが最も復興のベースに重きを置いているこの「心のケア」が熊本ではどんな状況なのか、熊本で活動している「よか隊ネット」に集まる方々と情報交換を行う。それを踏まえて、現在は久留米市にお住いの弟子丸先生のお宅に訪問し、熊本と東日本の心のケアのあり方、今後そのような状況になった時、役立つ経験など振り返りたい。

「現地の人の心に寄り添う支援の重要性を再確認」

弟子丸先生が滞在した当時を先生と振り返り、今回の熊本で知った状況を報告し、以下のようなことを話し合った。

 

  • SOSの発信が難しい“弱い立場の人たち”へのケアはどこも必要。

熊本を訪問すると、東北と比べ、亡くなった方が少ない、津波でなく地震による建物倒壊であり「まだらな被災」であること、みなし仮設利用者が多いこと、被災者が仕事は失くさなかったゆえ自力で生活再建が基本という事などをお聞きできた。

東日本大震災より被害が少ないから、という“遠慮”のような気持ちを察した。しかし、その状況をよく考えてみると、被災した人数の規模でなく、被災した一人ひとり、特に被災した弱い立場の人たちはもともと生活困窮でありながら住むところを失くすなど、その事に共感し必要な手伝いをしてくれる寄り添いが必須であり、行政は申請主義ゆえ、被災に関する届け出などに対応できない方は支援から取り残されたり、孤立という心配があるのは東北と同様であり、やはり、支援の手が届きづらい方への支援はとても必要であると感じた。

 

  • 現地でケアする立場(スタッフ)へのケアの必要性を共有したい。

人口1万人余の山元町で、人材もノウハウも足りず、初めて経験する非常事態。人手不足で疲弊し、判断力も低下した中、全国から弱者支援、心のケア支援のリーダーたちが応援に来てくれた。山元町の場合、現地スタッフだけでは、当事者の心のケア支援、通院引率、施設再開、サロンづくりなどを同時に進めることは絶対無理であった。しかし、全国の熱い思いで手伝いに来てくれた同業者(精神科医師、ワーカー、看護師、支援員など)が現地スタッフと連携し、それらが可能になったことを思い出す。また、最初に精神科医師に支援を受けることが出来たのは、ケアする側のスタッフたちであった。(スタッフも家族や同僚や関係者が大勢亡くなり、毎日泣いていた)。今も現地で日々の課題のために活動を継続できていることは、早い時期の心のケア支援のおかげである。震災から6年経つが、“心のケア”が被災地のどの立場の方も、今も必要としていると実感している。

今回、ポラリス基金でつながった障害者入所施設「しょうぶの里」を訪問し、スタッフから、「もう1回、大地震と大雨が重なったら、この施設は裏山が崩れてしまうと死を覚悟して支援していた。」というお話を聞き、その状況は“そうならなくて良かった”で済ませられない、「山元町では沿岸部の老人ホームが大津波で88名犠牲に遭っている。」と伝えると顔色が変わられた。現実のことなのである。そのことは外部の被災経験者としっかり情報交換し今後の施設での災害への対策を地域と共有して改善してほしい。全国の同様の施設にも伝えたい。スタッフが殉職することを覚悟して支援することが弱者支援の美徳なのか、もっとクールに考えていきたい。災害から守れるよう、弱者等の施設を建てる場所の決め方についても全国で真剣に考え合いたい。

 

  • 外部の「風」の影響を受けよう。

弟子丸先生がお帰りになる時、施設長である自分へ、今後の仕事への取り組み方を、事細かく、内容によっては厳しく指導して、それを手紙にも残してくれた。特に「一人で抱え込まず、同僚に分担し、例え完成度が7割となってもそれでOKと考えて進みなさい。そうやって、同じ事を考えられる人材を育成するのです。」と繰り返し指導があった。

進むべき方向を迷い、外部から来た信頼できる人に一緒に考えてもらうことを大いに行ったことを思い出す。他の地域の情報を聞き、自分たちの場合は、と考えることも良かったと感じる。外部で先進的活動を実践している人にだからこそ、相談できる事も沢山あった。新しい活動を進める事が苦手な小さい町では、そのような全国との様々なつながりが一番の財産となり、これからへのエネルギーも生み出してくれる。

熊本に来て「熊本の被災規模の場合、全国の応援をもらわなくても地元で担えると思っています。」という話を聞いた。人頼みでないことに尊敬する反面、全国や被災した経験のある地域のスタッフとの情報交換や全国の手伝いをもらって弱者支援を担う人材育成をすることをお勧めしたい。これからも東北の経験から手伝えることを考え、つながりを継続し、今後どこかで災害が起きた時に助け合えるようになりたい。

写真©️NOOK

3月20日 2017

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