熊本・大分のためにいまできること

2016年を振り返って

2016.12.31

ライター 高野正通

被災地の現状を伝える。
震災発生時の行動の仕方、復旧活動や支援活動、防災などの集合知の場にする。次の災害に備える。
これらを目的に、私たちは取材を進め、情報を発信してきました。

そういった大きな目的とは別に、いち個人として私が感じたこと。それは、被災地を取材することが、自分の心を整理するうえでも、とても重要なものになったということです。「いまできること」の取材をしていなければ、私は未だに、ふさぎ込んだままだったかもしれません。

私の故郷は、熊本地震の震源地・益城町です。変わり果てた町の姿や実家を見て、今までに経験したことがない哀しみと絶望感に襲われました。

そんな中、携わることになった「いまできること」の取材。実際に被災地を見て、被災者に話を聞くことで、やっと正面から熊本地震と向き合うことができたように思います。取材中、偶然にも友人の無事を確認することができたり、親戚にばったり出会い、お互いの無事を喜んだり。復旧・復興活動に励む人や、多くの支援を目の当たりする度に、私の中に力が湧いてくるのを実感していました。

まずは「知る」こと、そして「情報を整理する」こと。そのステップを踏むことで、「いまできること」が自然と見えてくる。それが私の実体験です。私のできること、それは「広く発信する」ことでした。多くの方々がより深く震災について考えるキッカケを提供できるように、これからも被災地のいまを伝えていきたいと思っています。

そしてもうひとつ、取材を通して強く感じたことは、災害への「人的な備え」の重要性です。被災地だけで復旧・復興を完結するのは、とても難しいことだと痛感しました。隣近所や地域のつながりはもちろん大切ですが、大きな震災が発生した時、「遠くの友だち」の存在が大きな助けになります。避難できる場所がある、物資を送ってくれる人がいる、心を寄せてくれる人がいる。被災者にとって、それはとても大きな支えになります。旅行に出かけたら、できるだけ現地の人と交流してみる、そんなことから「遠くの友だち」づくりを始めてみるのはどうでしょう。

地震はきっとこれからも起こります。被災地を知ること、そして手を差し伸べること。それは明日の自分を知ること、明日の自分に手を差し伸べることと同じなのです。

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避難所となっていた益城中央小学校体育館。前向きに、自主的に行動し、楽しい避難所生活を実践されている地域の方々に出会い、避難所運営の在り方を学ぶとともに、勇気と元気をいただきました。

 

ライター 稲積清子

2016年4月14日のあの日、私たちを襲った熊本地震。それは何の前触れもなく、突然やってきました。そのひと月後に、私ははじめて「いまできること」の取材へ行くことに。地震後は、自らも避難所で寝泊まりをする生活が続き、心労はピーク。報道で地震関連のニュースを見るのもつらくて仕方ないときでした。取材班として関わることへのプレッシャーを感じるなか、覚悟を決めて臨んだ取材。くまもとの復興のために、現地のいまを全国の皆さんへしっかりと届けなければ。その思いだけが自分を動かしました。

はじめての取材先は、忘れもしない益城町。過去に例のない、震度7を二度にわたり記録した町の光景は、想像を絶するものでした。視界のさきには、崩れ落ちた家々や献花がたむけられた家、でこぼこの道路がひろがり、地震のおそろしさをまざまざと見せつけられた現場。その衝撃はいまも記憶から消えることはありません。私が知っているくまもとの風景が変わり果ててしまった、そのことがショックでした。

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被災地のいろんな場所で、地震の恐怖を突きつけられました

取材を通して、多くの被災者の方に話を聞きました。なんと言葉をかければよいのか戸惑い、悩み、言葉につまったことも多々。原稿を書くときには、その悲痛な思いがよみがえり、涙することもありました。それでも震災の苦難に負けず、被災者の方々が前を向き、懸命に奮闘される姿に背中を押され、そして被災地を支え続ける多くのボランティアの方々をはじめとする支援の力に、支えられた8か月でした。

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被災地を支え続けてくれたボランティアの方々に感謝

地震大国の日本に暮らす私たちは、いつ、どこで、震災の被害を受けるのかは予測がつきません。そのために備えること、そして、人と人がつながり合って生きることの大切さを熊本地震から学びました。「いまできること」のサイトを通じて届けてきたものが、誰かの心にひびき、行動を起こすきっかけや何かの気づきとなれば幸いです。

これからもくまもとの応援、よろしくお願いいたします!

 

ライター 廣木美子

このコラムを書いている夜、茨城県で震度6弱の地震が起こった。思わず机の端を掴み、体にギュッと力が入ってしまった。熊本では全く揺れていないのだけど…。

『いまできること』の活動に参加したのは、5月中旬に行われた益城町の在宅避難者への聞き取り調査から。このような取材は初めてのことで、どんな言葉をかければいいのか、笑顔がいいのか神妙な顔がいいのか、モヤモヤしていた。しかし、会う人会う人、気さくに対応してくれ、発災時の状況やその後の暮らしぶりなど、細やかに話してくれた。中には,家の近くを走る活断層の説明をしてくれたり、ご主人の思い出話をしてくれたり。仮設住宅や今年の田植え、心配事を挙げればキリがないほどあると思うが、「今度の家は平屋にしたい」「今年は無理でも来年は田植えをしたい」と前向きな発言が多かったのも印象的だった。

今でも、「ひとり暮らしのおばあさんはどうしているだろう」「ゲームがしたいと言っていた小学生の女の子は元気に遊んでいるのか」など、ふと思い出すことがある。機会があれば、調査時に訪れた町の人たちに会ってみたいし、元気な笑顔を『いまできること』で紹介できればと思う。来年は、もっともっと元気な熊本の姿を届けられますように。

最後に、発災以降、個人の方々、企業の方々から、さまざまな応援が届けられました。地元に住むひとりとして深く深く感謝致します。

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裏庭の畑に亀裂が入ったという宮永さん夫婦。写真を撮らせてくださいとお願いすると、思わず笑顔! 気遣いありがとうございます!

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倒れた家々の間を歩きながら在宅避難者を訪問調査。「この光景を見ながら暮らすのは心労が溜まるだろうな」と感じたことを思い出す。