取材班による現地レポート

きめ細かな訪問で、被災地コミュニティを守る~宇和島市社会福祉協議会

2019.08.07

地域の絆をどう守っていくかは、災害後の大きな課題の一つ。愛媛県の宇和島市社会福祉協議会では、被災地で計3度の全戸訪問を行い、現在も細かなニーズ調査や心のケアを行っている。同協議会の松井尚史さん、佐藤猛さん、藤原雄悟さんに話を聞いた。

左から松井さん、佐藤さん、藤原さん

 

──ボランティアセンターが立ち上がった直後のことを教えてください。

平成30年7月豪雨を受け、7月9日「宇和島市災害ボランティアセンター」を立ち上げ、翌10日からボランティアを受け入れ開始しました。

防災ラジオでボランティアのニーズがあるかどうか呼びかけたところ、たくさんのボランティア要請がありました。

しかし、災害直後はあちこちで道路が寸断され、吉田町の5つの小学校区内の移動すらかないませんでした。緊急車両優先のため、現地への車の乗り入れも遠慮してほしいという状況でしたので、最初は宇和島市内在住者のボランティアを募集しました。12日からは四国内のボランティアを受け入れ(団体は全国から)、17日からは全国から受け入れ、と段階を踏んで、7月だけで約4,500人のボランティアに参加していただきました。

ボランティア参加人数の推移(出典:宇和島市災害ボランティアセンター活動報告書)

 

募集開始直後は、ボランティアの数が少なかったのですが、これは地理的な問題や報道内容で、大洲市や西予市に先に人が集まってしまったということもあったかなと思います。

しかし、7月後半になるにつれ、全国から個人や団地のボランティアが参加してくれました。宇和島市から愛媛県へ強く呼び掛けてもらい、松山市からは大型のボランティアバスを出してくれました。高知県社協からは、中核スタッフ養成研修を受けた人が派遣されてきて、ボランティアセンターを運営する中心的役割を果たしてもらいました。他にも県内の12社協、姉妹都市である宮城県大崎市、東京からもボランティアに来ていただきました。

ボランティアのマッチング(画像提供:宇和島市社会福祉協議会)

活動現場(画像提供:宇和島市社会福祉協議会)

 

──9月に入ると、ボランティアのニーズは落ち着いてきましたか。

泥撤去が落ち着いた9月中旬からは、「事前登録制」でニーズに応じてボランティア参加を呼びかける形に移行。1年を経て、現時点でニーズは月に2件くらいです。改修工事がスタートし、床をはいだら泥がたまっていた、というケースもありました。

 

──ボランティア派遣で大変だったことは何ですか。

大変なことはたくさんあったのですが、中でも、土砂災害の現場にボランティアさんを派遣する際「安全かどうか」を判断しかねる場所については、頭を悩ませました。安全か否かを見極めねばならないのです。そういう現場では、オープンジャパンや、天理教災害救援ひのきしん隊に協力してもらい、重機の対応までお願いして、幅広く活動していただきました。一般のボランティア団体さんと連携し乗り越えられたのは、本当によかったと感謝しています。

 

 

──10月に開設された、地域支え合いセンターにはどんな役割がありますか。

被災された方の生活再建や安定的な日常生活の確保を目的に、10月1日から「地域支え合いセンター」が開設され、災害ボランティアセンター業務もこちらに引き継がれました。

地域支え合いセンターでは、生活支援相談員等の職員が配置され、被災された方が住む自宅、仮設住宅、みなし仮設住宅へ巡回訪問。困りごとの相談に乗ったり地域交流の場をつくったりと、総合的な支援を行っています。

東京都から来られた災害ボランティアの人達は、9月末で活動は一区切り。しかし、その後10、11月とサロン活動メインで来ていただき、「集いの場」を作っていただきました。

 

──被災地への訪問はどのように行っていったのですか。

市の保健福祉部と連携し、全部で3回のローラー訪問を行いました。7~8月に、市の保健師が被災地の全戸にローラーをかけ訪問しました。それに加え、8月にはボランティアも一緒に、「本当はもう少しニーズがあるのでは」と思われる地域、約2000戸を再び全戸ローラー。なかなか困りごとを口に出せない人もいます。もちろん、ローラーだけでは深掘りは難しいのですが、顔を見て話をするだけでも、安心につながったのではないかなと思います。やはり、体調面に加え、土砂災害後の泥撤去に関する相談が多かったようです。体のことを気遣いつつ、「配管にまだ泥がたまっている」とか、「溝に泥がある」とか、そういう話も吸い上げ、関係部署につないでいきました。また、ローラーをかけるときは、ちょっとした粗品を配布しながらコミュニケーションをとるという工夫もしました。今年2月に再びローラーで訪問活動を開始しました。市からの情報をもらって、5月にかけて被害の大きかった地域を中心に訪問。それも、被災者だけでなく、被害はない家も、とにかく地域全体、約1000戸を訪問しました。被災したことは個々の問題でも、今後の生活再建は、地域全体に関わることだからです。

 

──支え合いセンターの活動が地域にどんな効果をもたらしていますか。

もともと世帯が少ないのに、半分の世帯がいなくなった地域もあり、昔からの絆が失われつつあります。今までと同じように、地域の人たちと気軽に話ができるコミュニティの再建を目指し、支援していきたいと思います。そして、最終的には、地元の人たちで新たなコミュニティを作り上げていってほしいのです。地域力は、ひいては防災力にもつながってくると考えるからです。

伺うと、家がいつの間にかなくなっていて、住人もどこへ行ったのか分からない、実態をつかめないというケースも多々あります。近所の人に聞けば分かる地域と、全く知らないという地域とあり、田舎と市街地とで普段からの関係性が全然違うなと感じるときもあります。

うれしかったこともあります!立間地区にはかつて1カ所も地域サロンがなかったのですが、今回の災害を契機に、一度喫茶サロンを開催しました。すると「よかったよね」と地元の人たちが言ってくださり「次は自分たちでやってみようよ」と、立間地区内で「出張サロン」を開催されたのです。また、市中心部をローラーで訪問したときのこと。独居で高齢の人が「災害があってから、周囲の人たちがとても心配して声を掛けてくれるようになった」という声がありました。災害は悲しいことでしたが、新たな絆やつながりが生まれたのは、とてもうれしいことでした。

 

──今後の課題や目標について聞かせてください。

今後の住まいについては、大きな課題でしょう。ある程度復旧できてはいますが、みなし住宅に入居している人は、残り1年で今後どうするかを決めないといけません。経済的な話など、デリケートな部分を、人間関係を築いて支えていかねばならないのは、これからの課題だと思います。

現在もサロン運営に関わってもらっているボランティアさんたちと、月1回会議を行っています。災害ボランティアをきっかけにつながることができた企業さん、団体さんたちとのご縁も、これからも大切にしたいと思います。

今年5月には、「災害ボランティア養成講座」を初めて開催しました。高校生から70代まで約130人もの人が参加。災害に関心を持っている市民が多いことを感じ、勇気づけられましたね。来年以降も続けていこうと思います。1人でも多くの人が災害ボランティアに関心を持つことで、災害に強い宇和島市を作っていけます。また、いつかどこかで災害があったときには、恩返しさせていただこうと思っています。

 

 

取材・文 門田聖子(ぶるぼん企画室)
写真 堀行丈治(ぶるぼん企画室)

「平成30年7月豪雨から一年 復興二年目のいまできること」特集ページ

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