取材班による現地レポート

住民とともに、復旧・復興計画を進めたい~西予市復興支援課

2019.08.20

河川氾濫、土石流、斜面崩落などさまざまな災害が広域にわたって発生した愛媛県西予市。避難指示が解けず、自宅に帰ることができない被災者もいる。西予市は、復旧と復興のはざまで住民との対話を繰り返し、3月に「西予市復興まちづくり計画」を策定した。

計画推進の舵取りを行う復興支援課に、課題と展望を聞いた。

西予市復興支援課の正司哲朗さん(左)と井上一善さん(右)

──災害から1年が経過しました。現在、西予市が抱えている課題について教えてください。

愛媛県内の各市は、被災状況に違いがあります。大洲市は肱川下流域での水害、宇和島市は海岸線の大雨や樹園地の土砂の崩壊、西予市はその両方でした。明浜町俵津地区は、短時間に大雨が降ったことで樹園地が崩壊。現在、宇和島市同様に樹園地の復旧を急務としています。

野村町野村地区では、野村ダムの貯留能力を大幅に超える水が肱川上流から流れ込み、入ってくる水をそのまま流下させざるを得ませんでした。ダム下流では避難体制をとりましたが、大規模な浸水被害が発生。これに伴い5名の方が命を落とされました。(西予市内では関連死を含めて6 名の方が亡くなられました。)

また、山間部の至るところで土砂災害が起きました。集落に関わる大きな土砂災害は5カ所。現在も避難指示を継続していて、非常に生活しにくい状態になっています。建設型仮設住宅に住んでいる方は、西予市全体で98世帯、182人(令和1年7月末現在)。避難指示の継続している明間と岩木地区は、30世帯、59人です(令和1年7月末現在)。

平成30年7月20日頃の野村小学校避難所(画像提供:西予市)

──道路に関する被害が大きかったのですね。

主要道路でも、山ごと崩落していて復旧工事に着手できていない箇所があります。やっと測量などのめどがついたところで、これから工事を進めていきます。周辺は現在も通行止めの状態となっています。

国道197号に通ずる県道宇和野村線は、西予市民にとっては大事な道路です。被害の大きかった野村地区は、町に進入する道路が全て遮断され、物流もストップしました。地元建設業者の必至の作業により、災害翌日、大洲市側から消防団が救助に入ることができましたが、災害当日は野村地区に行くこと自体が大変でした。かろうじて1カ所だけ通行できる道があるということで、普段は車など通らない道路に、ものすごい数の車が集中しました。明間地区も道路が寸断されていましたので、自衛隊をはじめとした救援部隊が徒歩で水を運搬しました。

発災直後の宇和町明間地区(画像提供:西予市)

──復旧から復興へとフェーズが変わりつつある今、どのような取り組みを行っていますか。

被害の大きかったところは個別に、市内全域で13回の復興座談会を開催しました。有識者の意見、座談会で出た住民の意見を合わせ、3月末に復興計画が完成。今年度は「復興元年」と位置付け、復興計画をもとに、それぞれの地域で説明を行っているところです。ただ、現在は「復興」というより復旧工事を進めている状況。被害の大きかった野村地区については、住民と話し合いを重ね、「二度と同じ災害を起こさないための対策」を考えていきます。

また、復興支援課が事務局となり、市民の皆さんや大学と協働し、まちづくりのワークショップを開催しています。ワークショップで考えてもらいたいのは、そこに住む方が「どうありたいか」「どうしていきたいのか」というイメージ。それをもとに、行政も一緒に、河川やまちの整備を進めていこうとしています。

地元高校生もワークショップに参加(画像提供:西予市)

──「西予市復興まちづくり計画」策定への思いを聞かせてください。

スローガン「復興のパズル みんなでつくる未来のカタチ」の通り、地域によって異なる被害状況の中、市民や事業者、ボランティア、大学等と協力して、復興していきたいと考えています。

復興計画の基本理念は、「寄り添い支え合う」「一人の100歩より100人の一歩」「何ができるか考える」の3つ。西予市に関わる多様な人たちが複合的に連携し、互助、共助のコミュニティを築いていきたいと思います。

西予市復興まちづくり計画

──復興支援課は、どのような役割を担っているのですか。

復興支援課では、復興事業を直接行っていません。既存の災害支援の枠組みは決まっていますので、必要とされる支援との差を埋めるための調整を行っています。計画全体の進捗管理はもちろん、担当各課をつなぐハブ的な役割もあります。従来の行政は「縦割り」のため、農業担当者は建設業のことを知らない、林業はまた別、という体制にあります。しかし、一つの災害現場において各課の垣根を越えてその三者が集まれば「うちはここはできる」「こっちはできる」と解決策が見つかるかもしれません。通常ではできないことをなし得ることも、当然あります。よりよい連携となるよう、ありとあらゆる手段を講じているところです。

災害が起こると、被災地では過疎化などマイナスのトレンドが加速しがちです。他県のケースでは、住宅団地を整備しても実際は団地内の住人がまばらである、という例もあったと聞きます。原因は、行政の対策に長期間を要し、待ちきれなくなった方が、場所を変えて再建を行ったことが挙げられます。そういった前例がある以上、東日本大震災を目の当たりにしている愛媛大学や東京大学の先生方の話をしっかり聞きながら対応していかねばと思っています。

平成30年12月から発行している「西予市復興まちづくり かわら版」

──市内の産業もかなり打撃を受けましたか。

商工業者の中には、廃業される人もいます。中心部の商店街の再興はワークショップのテーマの一つとして掲げています。事業所は元に戻りつつある状況ですが、完全に元通りにはなりません。

農地や農業用施設への復旧事業は特に手が回っていない状況です。道路や公共施設は形が決まっていて、それを元に戻すだけですが、農地の場合は個人の資産であり、特性もばらばらです。応急的な対策として、水路が使えなくなった田は転作で対応したり、水がなくても栽培しやすい作物を一時的に栽培したりしてしのいでいます。みかん樹園地においては、みかんモノレールは、ほぼ復旧しています。みかん農家は基本的に家族経営が多く、災害直後はボランティア受け入れにかなり抵抗があったようですが、外部支援団体や、農協、農業法人の代表者が集まる中で話を進めていき、徐々に気持ちも体制も変わっていったようです。災害を契機に、新たな人の交流ができればいいなと話しています。

野村町三島町地区の農業用ハウス被害(画像提供:西予市)

──災害の経験を、今後どのように生かしていきますか。

災害後、いち早く熊本市と横浜市から支援に来ていただきました。また、全国各地の自治体から、3カ月以上の中長期派遣という形で、今も活動してもらっています。今後も、災害という同じ痛みを持った人たちの情報交流をし、良い面は連携していけたらと考えます。

体験や情報の発信は、被災地の義務ですよと言われることがあります。研修会、事例発表などの内容を分かち合い、共有していくことは大切だと思っています。こちらのサイトで発信していくことも大切な業務と思っていますので、「いまできること」の取材もお受けしました。ありがとうございました。

 

いまできること取材班
取材・文 門田聖子(ぶるぼん企画室)
写真 堀行丈治(ぶるぼん企画室)

「平成30年7月豪雨から一年 復興二年目のいまできること」特集ページ

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