取材班による現地レポート

愛媛みかん発祥の地・宇和島市吉田町から②

2018.09.18

宇和島市吉田町は、県内みかん栽培発祥の地として知られる。その歴史は江戸時代中期まで遡り、以来二百年以上、一級産地としての誇りを営々と築いてきた。そんなみかんの名産地が、かつて経験したことのないような豪雨災害に見舞われた。

町内立間高城(たちま・こうじょう)地区。西予市方面から法花津峠(国道56号)を下った場所の、県道との交差点を北東へ進むと、谷型の地形に立ち並ぶ集落が見えてくる。

激しい雨が谷あいの集落を襲った
八月後半、柑橘生産者河野八生(やよい)さんへの聞き取りのため同地区を訪れたが、豪雨災害から二か月近い時間が経過してもなお、被災当日の激しさを物語る光景がそのままの姿で残されていた。濁流が道路を覆った高城谷川の水は河岸の土をえぐり、人の手で動かせないような大きな石を転がし遠くまで運んでいた。地元の建設工事業者のサポートで、車の行き来を遮る道路上の土砂は素早く取り除かれていたが、集落全体が「茶色い風景」に見えた最初の印象は、駆け下りた濁流の凄まじさも想起させた。

河野 八生さん

地区の中程にある河野さんの自宅を訪ねると、県外から駆け付けたボランティアと共に、裏山の斜面沿いに溜まった土砂を土嚢袋に詰め込む作業を行っていた。酷暑の中、噴き出す汗を拭いながらスコップで繰り返し土砂をすくい土嚢袋に詰め込んでいく。人の手で行うしかないこの地道な作業が、山沿いの町吉田町における復旧活動で、すぐに、そして継続的に手を差し伸べるべきことであることが強く感じられた。

道路を覆った土砂

想像を超える雨が地域を打ちつけ、それが濁流となって谷を押し流したその朝、そこに住む人たちはどのように対処したのか。自分自身をその身に置き換えた時、到底冷静さを保てないであろうことを自覚しながら、河野さんにそのことを尋ねた。

河野さんによると、豪雨となった七月七日前日の金曜日の夜は雨が降り続いているという程度の認識だったという。しかし逼迫した危機感を感じられないまま迎えた翌朝、状況は一変する。早朝急激に雨足が強まり、川の水かさが増していく。程なくその水は道路にも溢れ、あっという間に膝の高さほどの急激な流れに変わっていった。河野さんは、道路を挟んで向かい側に住む親類が心配で歩いて向かおうとしたが、自宅から目の前の建物に辿り着くことは出来なかったという。

その後、道路の濁流は数時間で収まったが、その間、周辺住民の多くがそうしたように、自宅に居て状況を見守るしかなかった。当時を振り返って河野さんは、「これまで大きな災害を経験したことがなかったから、避難すること自体への実感が持てなかった。でも今は雨が降り続くと敏感に反応している」と話す。

濁流から集落を守った砂防ダム
高城地区では人的被害がなく、今回最悪の事態を免れた安堵を私自身感じながら河野さんに話を聞き進めたが、その要因として二年前に完成したばかりの真新しい砂防ダムの存在があったという。「集落のすぐ真上にあるダムが土砂を受け止めてくれた」との河野さんの言葉を思い描けないまま上流へと向かったが、現場に辿り着き目にした光景に言葉を失う。そこには「被害を受け止める」という表現そのままの姿が広がっていた。濁流の流れが集中した山の斜面には、根元からへし折られた木々が幾重にも横たわり、押し流された大量の土砂と無数の木々をダムがせき止め、集落への流入を防いでいた。「完成がもし災害の後だったら…」想像を超える規模の自然の猛威を目の前にして、足がすくむ思いがした。

土砂の流入を防いだ砂防ダム

水の勢いで引きちぎられたガードレール

土砂と共に流れた倒木

根元からへし折られた木々

河野さんは今回、夫婦で経営するみかんの販売店舗も浸水被害を受けた。しかし、毎年おいしいと言ってみかんを買い求めてくれるお客さんたちのためにシーズン初めのオープンには間に合わせたいと、友人の力も借りて復旧活動を行っている。

「吉田町は愛媛みかん発祥の地、みかんの味には絶対の自信を持っている。災害を経験し、困難な状況だからこそ、今後はもっともっと地元立間のみかんをアピールしていきたい」と逞しく前を向いた。

再オープンに向けて準備を進める店舗(丸忠農園みかん直売所)

取材・写真 吉良 賢二
取材日 2018/08/28
取材地 愛媛県宇和島市吉田町立間高城

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