取材班による現地レポート

はじめて避難所を訪ねてみた

2018.09.14

被害が大きく、今なお沢山のボランティアが求められている坂町の小屋浦地区。そこにある坂町立小屋浦小学校の体育館や集会所には、被災者の方々が生活する避難所が設置してある。兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科修士1年の久後(くご)さんは避難所・衛生管理を担当しており、お話を聞きつつ避難所を一緒に回った。

朝8時。坂町ボランティアセンターでのミーティングを終えると、車で小屋浦へ向かう。そして避難所にある仮設トイレの掃除から1日が始まった。

この日はベテランボランティアの小林由佳さんと、兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科の喜田悠太郎さんも途中まで一緒に回った。

ボランティアの人も途中から加わり、みんなでドアのノブや便座、壁の除菌と便器の磨き掃除、ゴミの取替えに備品の補充などをした。彼らのおかげで仮設トイレはいつも清潔に保たれており、利用する皆さんもとても気を配っているのをヒシヒシと感じる。

久後さんがボランティアに関わるようになった1つ目のきっかけは、関西学院大学の2年生だった2011年3月に起きた東日本大震災だった。3年生になると、ボランティア活動の経験を活かし、防犯・防災につい て学べるゼミで、防災意識に関する研究もした。卒業後は信用金庫で営業のお仕事をしていたが、2017年兵庫で起こった豪雨災害が彼の2つ目の転機となった。当時、避難勧告が出ていたにも関わらず、避難所に来たのは彼と彼の母親だけだったそう。防災について学んだ経験を持つ久後さんが周りの人達との間に感じた「防災意識」の違い。その経験をきっかけに、兵庫県立大学大学院で学び直すことを決意。仕事も退職し、今年の4月から減災復興政策について学び始めた。

その矢先、広島県で今回の西日本豪雨災害が起きた。彼の所属する大学院からも何人かの学生が派遣された。主な仕事は避難所の支援。集会所や体育館で避難生活をする人達の様子を見たり、声かけをして回る。

横になっている人には声を細め、丸くなっている人には腰をかがめ、ちびっ子に会えばハイタッチし、笑顔と優しい声を届ける。彼らが発するストレスのサインを見逃さない様、目線を合わせ、丁寧に耳を傾けることを心がけているそうだ。「特別なことはしていないし、疲れもない」と彼は言うが、どんな人にも真心を持った声かけをする彼を見ていて、簡単にできることではないと思った。人と接する際に気をつけていることを聞いてみると、彼は手の平を2つ横に揃え、右手を少し下にずらした。

「右手は自分。この位の感じでどんな人の話も聞くようにしてますかね…」と、笑いながら教えてくれた。刻一刻と状況の変わっていく現場で求められるものも少しずつ変化していく。被災した人の中には引越しをしたり、クジで当選した集合住宅などへ移っていく人達もいる。そんな人達の引越し作業を手伝ったり、被災者の心や体のケアの必要性も今後さらに増すだろう。実は取材したこの日、久後さんは約2週間の任務を終えて夜には大学院のある兵庫に戻ることになっていた。「ボランティアはまだまだ足りない」と言う久後さん。きっと後ろ髪を引かれる想いなのだろう。兵庫に帰った後は、広島での経験を大事にしつつ「総合政策」という広い視野から防災を中心にして考えられる存在になれるよう、研究と現場活動を両立していくとのこと。

久後さんのようにボランティアに関わることで進路や視野が変わった人もいる。少しでも心に引っかかるものがあるなら、ぜひ一度現場に足を運んでみてほしい。あなたの未来も変わるかもしれない。

絵と文・沢田妙

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