取材班による現地レポート

床下数十センチの復旧作業~旅商人 拓の矢野滞在記①~

2018.09.22

(写真提供:原時廣さん)

西日本豪雨の被害が大きかった地域の一つ、広島市安芸区矢野。
安芸区災害ボランティアセンターは7月14日に立ち上がった。その前日に埼玉県から24時間かけて広島に駆け付け、同センター立ち上げや初期運営に協力した若者がいる。旅商人 拓こと、横山拓さんだ。
このたびの災害支援では、拓さんは「災害臨時NPOチーム旅商人」として、9月14日までの2カ月、矢野サテライトに滞在。乗り込んだ日はたった一人だった拓さんの元に、大勢の人が集結し、災害復旧を確実に後押しした。
拓さんの残した軌跡を、インタビューと共に振り返ろう。

拓さんは30歳。埼玉ではガレージマーケットを運営している。災害のニュースを聞き、7月12日の午後、仲間に店を任せ、埼玉を出発。13日に広島入りした。

そもそも、なぜ災害復旧ボランティアをするようになったのですか。
2011年の東日本大震災がきっかけです。あの時、誰もが「何かしなければ」と思い、僕もその一人でした。当時、個人で店を運営していましたが、店をたたんで、現地で活動するためにこの車を造って出発したんです。明確な理由があるのではなく、ただ体が動いた、っていう感じです。

―その後、10箇所で災害支援を行われてきたと聞きました。
大変なこと、危険なこと、また世間との温度差を感じることもあり、被災地に行くことを正直迷うときもあります。自分の仕事のことも含め、さまざまなリスクを背負ってまで行くべきなのか、と自問自答。しかし、現場で被災状況や被災者の皆さんの姿を見ると、そんなものは一切吹き飛びます。「今、ここで自分ができることだけを考える」それだけです。

―今回、矢野サテライトで活動するに至ったきっかけは?
3年前、茨城・常総市水害で一緒に活動した人が、安芸区社会福祉協議会の仕事を手伝っていて、「災害現場を知る人が不足している」と聞いたからです。

(写真提供:旅商人 拓さん)

―矢野での活動内容を教えてください
主に床下の泥をかき出す作業をしました。現地で被災者と話をしながらニーズを拾っていくのですが、床下に泥が5センチ10センチと堆積してカビが生えているのに、そのまま生活している高齢者さんを見ていたたまれなくて…。健康にもよくないじゃないですか。
でも、方言が違う僕がいきなり「床下の泥を除きます」と言ったところで、詐欺だと思われるだけです。まずは話をしながら1軒泥出しをさせてもらい、近所の方が見に来て、安心して依頼される…という具合に進めていきました。

(写真提供:旅商人 拓さん)

―床下もぐり専用のチームもできたそうですね。
一般のボランティアさんに床下の泥撤去を依頼すると、床をはがし、柱を取り除かねばなりません。しかし床下もぐりなら、床をはがす手間もかからないし、床上の荷物を移動させる必要もないんです。僕たちは、床下をほふく前進し泥を撤去していきました。ニーズが増えるにつれ、人手が足りなくなりました。
社協さんも僕の活動を認め信頼してくれて、一般ボランティアをサポートとして付けてくれたんです。ただの外部NPOである僕の活動に一般ボランティアさんを派遣してくれたことに、感謝しています。

―地域の協力も大きかったと聞きました。
矢野地区は、町内会や民生委員の人たちの動きが大変活発です。地域と密につながっている人たちが「このお宅が心配」と教えてくださり、そこから着手することもありました。また、ボラセンの人が「床下の泥に困っている」と聞けば、僕に直接連絡してくれることもあり、徐々にニーズをつかんでいきました。

インタビュー中も、床下の泥撤去の依頼者から感謝の電話が入っていました

―矢野サテライトは9月5日に閉鎖しました。走り抜けたこの2カ月を振り返っていかがですか?
社協さん、地域の人の協力で、350件あったニーズがあと15件にまで減りました。最後まで支援できず埼玉に戻るのは申し訳なく、心残りです。
災害復旧活動は大変で、毎回「もう行かない」って思うんですが、「ありがとう」の声や笑顔が励みになりました。来てよかった。また広島に来ます!
拓さんは9月13日に埼玉へ。
後に続くボランティアの人たちにエールをもらった。

いまできること取材班
文章・門田聖子(ぶるぼん企画室) 撮影・堀行丈治(ぶるぼん企画室)

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