取材班による現地レポート

ボランティアも住民も、心ひとつに~旅商人 拓の矢野滞在記②~

2018.09.24

旅商人 拓さんの取材を終えると、拓さんが「現場で頑張っている奴らのことも取り上げてやってください。今ここで作業中ですから」と、使い込まれた地図を示す。車で5分ほどの住宅地だった。

目指す人たちはすぐ見つかった。なぜなら、大きな白いトラックの荷台に、若者たちが土のう袋を放り投げていたから。

この現場のリーダーは、佐藤賢士さん(23)。8月1日に、神奈川県からやって来て、矢野で汗を流している。この日も、午前中は床下にもぐってきたのだと、疲れを見せずに笑顔で話す。「僕はおばあちゃん子で、困っているお年寄りを見ると、どうにかして助けたいと思うんです」と、矢野へボランティアに来たきっかけを打ち明けてくれた。

20代、30代の5人が汗を流す災害現場は、丘の急斜面にある墓地。そこに行くには、舗装されていない細い道を歩くしかない。
作業現場を見て唖然とする。墓の区画こそ、遺族や墓苑関係者が土砂を取り除いたと思われるが、その周囲には約60センチの高さまで土砂が堆積しているのが見て分かる。

メンバーは、固い土をスコップで掘り起こし、土のう袋に詰める。土のう袋を投げる。次の人が下に投げる。その次の人がまた下へ…。道路に置いてあるトラックまでは、人力で土のう袋を運ぶしかない。
ハードな作業だが、現場は明るく、時に笑顔があった。

この現場で作業した5人全員が県外から来ていた。岡山・真備町のボランティアを一段落させて来たフリーター、ボランティアサークルに所属していて「助け合いの一助になれば」と思い神奈川県から来た大学生、SNSでボランティア募集を見て愛知県から来た大学生……。

災害臨時NPOチーム旅商人の一員として、拓さんの采配の下、復興へ向けて汗を流す人たちが、ここにもいた。
「50軒は床下をもぐったかな。ありがとうと言う声がダイレクトに聞けた。来てよかったです」と笑顔で話す佐藤さん。災害復旧ボランティアは一段落しても、この経験はきっと彼らの心の中に生き続けるはずだ。

拓さんのキッチンカーは、料理やコーヒーの提供などが可能。しかし、矢野に来て、拓さんは一度もキッチンの仕事をしなかった。
現場仕事に奔走する拓さんに代わり、いつしかいろんな人たちが「復興カフェ」を運営してくれていた。そして、そのカフェ空間は作業を終えて帰ってきたボランティアさんの憩いのひと時となり、「また来ようかな」と思ってもらえるようになったという。

(写真提供:旅商人 拓さん)

「長期的に、実力のあるボランティアさんに滞在してもらうことも重要。情報発信や人の確保はもちろん、宿泊施設を準備したり、無料の風呂を用意したりと、ボランティアが来やすい環境にするのも大切なことだと教えられました」と拓さんは振り返る。

撤収を前にした9月8日、災害臨時NPOチーム旅商人 拓が、この日だけ「旅笑人」として主催した「矢野復興支援コンサート」。残念ながら大雨警報が出て、縮小しての開催となったものの、会場はほぼ満員となった。

これぞ、たった一人で矢野へ来た拓さんが、2カ月で紡いだ縁。多くの住民が笑顔になり、元気をもらった。
拓さん、ありがとう。

 

いまできること取材班

文章・門田聖子(ぶるぼん企画室) 撮影・堀行丈治(ぶるぼん企画室)

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