取材班による現地レポート

交流スペース運営から生まれた新たな絆~「たけちまる」6カ月の軌跡

2019.02.06

西日本豪雨から半年が過ぎた。

災害後の呉市安浦町で、親子がくつろげる場所を作ろうと奔走した割方遥花(わりかたはるか)さん。自ら8月に立ち上げた母子の交流スペース「安浦こどもひろば たけちまる」での半年間と、今後について振り返ってもらった。

絵本の読み聞かせをする割方さん

「災害直後、子どもを遊ばせる場所がない。泥かきをしようにも、小さい子どもを連れては行けない。母親がほっと一息つく場も、ちょっとした交流の場もない。ないなら作ろうと思い立ち、行動を起こしました。災害直後の混乱の中、施設を借りることや手続きのために窓口へ向かうことも容易ではなく、何をするにも大変でした」と、立ち上げたきっかけを語る割方さん。活動できるようになったのは、安浦会館職員の方々の力添えが大きかったと感謝する。

安浦会館

多くの人の協力を得て、8月から「安浦こどもひろば たけちまる」がスタートした。当初は毎週月曜、木曜の10~15時の定期開催。「まず最初に『久しぶり』と声を掛け合う、再会の場所になりました。互いに今の家の様子を伝え合ったりして。元気だった?というちょっとした会話が、現実ではずっとできていなかったんですよね。例えば『子どもが一人でトイレにいけなくなった』とか、そんな育児の悩みなども吐き出せました」。8月、砂埃が舞い、暑い屋外では何もできない。たけちまるは、母親にとっても、子どもにとっても、安らぎの場になっていた。

割方さんの自宅に直接の被害はなかったものの、仕事ができない時期や、当時2歳7カ月の我が子の不調など、不安を抱えていた。「うちの子も、最初は落ち着かなかったんです。夜寝なくなったり、鼻血が出たり……。最近やっと落ち着いてきたのですが、お絵描きするときにぐちゃっと書いて『どしゃくずれ』『つうこうどめ』とか口にする時があります。怖い記憶を遊びに変えて、少しずつ消化し乗り越えているんだな、と思っています」

小さな子どもも災害を受け止め、前を向いている

その後、町内の保育所内に併設されていた子育て支援センターが仮施設内で再開、割方さんも9月から別の場所で仕事を再開できるようになった。そこで徐々に開催日のペースを落とし、1月末でいったん区切りをつけることとなった。最初は「私や周囲の子育てママが困っているから始めた」たけちまるだが、保育所や子育て支援センターが再開された今は、「災害直後の切迫した状況は徐々に落ち着きつつある」と冷静に判断しての決断だ。割方さんは、災害後の半年間で「災害があったときだけつながるのではなく、普段からつながっていたらいい」と思うようになったという。

「今後は被災地支援という枠にとらわれず、広く人とつながれる場にしていけたら」。たけちまるがどうなるのか、まだ決まっていないが、季節ごとの不定期開催や、子どもだけでなく、母親が主役の時間があってもいいのでは、と思い描いている。

半年間で、ボランティアによる演奏会やハンドマッサージ、自力整体、無料フリマなど、さまざまなイベントを開催し、たくさんの笑顔と交流があった。「どれも、ボランティアの皆さんのほうから『こんなこともできます』と言ってくださったことなんです。おかげでいろんな体験ができました」と感謝する。

子どもたちの生き生きとした笑顔は、母親にとって元気の起爆剤だ

1月11日は、割方さん親子を含め、4組の親子が来場。「はるちゃんと英語のうたあそびをしよう!」という割方さんの掛け声を合図に、みんなが集まってきて輪になった。歌を歌いながら体を動かし、子どもの楽しそうな笑い声が響く。

安浦町の中でも特に被害が大きかった地域に住む東さんと、まこちゃん(3)。幸い自宅は無事だったが、災害直後は周辺に瓦礫や土砂が散乱し、遊び場が確保できない状態だったという。そんな時、SNSを通じて見つけたのがたけちまるだ。「同じくらいの歳の友達ができて、子どもはとても喜びました。ここに来れば、他のお母さんも子どもを見てくれたり、お互いに悩みを相談できたりするので、気持ちが楽になりました。この場所ができたことで、子どもたちはもちろん、お母さんたちも救われたんじゃないかな」

町内に住む増本さんとゆいちゃん(3)は、たけちまるの大ファン。「災害のせいで遊ぶ場所がなく、親子共にストレスが溜まっていました。ここでは子どもを安心してのびのびと遊ばせられるので、開いている時はだいたい来ています」と増本さん。たけちまるの活動が始まった当初は、畳が敷かれた2部屋が埋まるくらい来場者があったという。

東さん(左)と増本さん

屋内の限られたスペースでも、さまざまなアイデアで子どもたちを喜ばせる

部屋に置かれているおもちゃや絵本は、災害直後、全国各地の有志から届けられたものだ。活動開始直後には衣類やおむつ、離乳食、粉ミルク、お菓子などもたくさん届いていた。「ひとりじゃない、私たちもついているよ」という全国の方々からのエールが伝わってくる。

「私を含めて、4人のスタッフで運営しました。災害で知り合ったボランティアの紹介で、隣町の安芸津から来てくれた、保育士のママさん。わが子を幼稚園に預けたあとで来て手伝ってくれる安浦町のママさんたち。一緒に駆け抜けてくれた友人たちにも、心から感謝しています」と話す割方さん。一人ではきっと、なし得なかったこともあるだろう。

たくさんの善意が、たけちまるの運営をサポートした

「駆け抜けた約半年で、人とのつながりができたことは私にとって大きな財産です。自分の、このまちでの居場所ができたようにも感じています。実は、安浦での生活はまだ3年。災害前は、馴染みのない地で、目立ちたくないという気持ちがどこかにありました。しかし、災害を機に、たくさんの友達や良いつながりができました。いざ、人とのつながりができると、楽しいし、救われることもたくさんあったんです。仕事ができない時期もありましたが、得たものも大きかったです。また、保育所内の子育て支援センター担当の山本先生、満足先生も、保育所内での仕事や行事などお忙しい中、ほとんど毎回たけちまるにサポートに来てくださいました。子どもたちのために、ふれあいあそびやパネルシアタ―などをしてくださったり、お母さんたちに親身に寄り添ってくださったりと、大変お世話になりました。先生方がいてくださったことで、緊張や不安がどっと緩んで、心を落ち着かせることができた親子さんも多かったと思います」

辛いのは自分だけじゃない。寄り添って一緒に乗り越えてくれる仲間がいるということが、どれだけ大きな力に変わることか。この場所が終わっても、ここから始まった交流はずっと変わらず続いていく。災害を乗り越え、得たものは、強く、尊い。

 

いまできること取材班
取材・文 門田聖子(ぶるぼん企画室)、松崎明日香
写真 堀行丈治(ぶるぼん企画室)

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