取材班による現地レポート

被災体験を、次の世代に伝承するために~防災士が集めた、マスメディアに載らない「ことば」

2019.07.17

2019年3月に発行された「平成30年7月豪雨災害 体験談集」。A4判全332ページで厚みは約2センチ。手に取るとずしりと重い。
広島県内の被災者が寄せた体験談寄稿文は、テレビや新聞では報道されない現実を私たちに、後世に、飾ることなくまっすぐに伝えてくれている。

体験談集の発行に尽力した、広島市防災士ネットワーク 代表世話人の柳迫長三さん(68)。60歳で消防署を定年退職し、その後4年間は嘱託で指導員を務めた。最後の1年は広島市安佐北区役所の地域おこし推進課にて、主に町内会の防災関係の指導などを行っていた。仕事のかたわら、「平成26年8月20日広島豪雨災害体験談集」「平成27年9月関東・東北豪雨災害体験談集」を発行。今回の「平成30年7月豪雨災害体験談集」の発行が最後になることを祈りつつ、完成までの経緯や今後について語ってもらった。

柳迫さんは、冊子の最初に「編集に当たって」と題し「犠牲者がなぜゼロにならないのか?」の答えを導き出す前に、「今を生きる私たちと将来再び災害を経験するであろう後世の諸君に対し大きな影響力を持たせるため、体験談を繰り返し読んでいくことが重要と考えます」と記している。

「平成30年7月豪雨災害 体験談集は、アンケートなどと違って『●●について書いて』という目的がないんです。だから、どなたも、ありのままを一生懸命書いておられる」と説明する柳迫さん。災害直後から原付に乗って県内の被災地を巡回し、「災害当日はどこにいたの?」「大変だった?」と、被災者と話をし続けた。最後に「今の話を書き留めて」と原稿用紙を渡した。「書くのはちょっと……」と断る人、写真があるので、と被災時の写真を提供した人、書いている途中で病気になり完成できない人もいたという。郵送されてきた原稿は手書きゆえ、柳迫さんは夜な夜なワープロ打ちしていった。昨年9月ごろから原稿が集まり始め、今年1月に締め切った。公益社団法人砂防学会会長で、広島大学大学院教授の海堀正博さんの協力も得て、1000部作った。

 

なぜ、こんな手間のかかることをするのだろう。着手するに至った理由を聞いた。

「伝承なんですよ」

災害があちこちで起きたが、出会ったほとんどの人が「今までこんな災害を経験したことがない」「安全だと思っていた」と口にしたという。

「災害があちこちで起きた。この大変な経験をちゃんと書面で残しておこう。子どもに、孫に、この災害時の生の声を届けることができるじゃないですか。石碑を建てるより、はるかに安くて意味があることです」と力を込める。

柳迫さんは、例えば町内会や社会福祉協議会といった「枠」を超えて、垣根なくさまざまな人の声を集めた。TVや新聞では、よくしゃべる人たちが取り上げられるが、真実はそれだけではないと思っている。「自分たちはこんなことをやった」「よく頑張った」で終わりがちな報告書ではなく、ただ伝えたい、伝承したい、その気持ちが一冊の本になった。

本の中には、体験談と共に、写真や図、回覧、報告書なども掲載されている。体験談を時系列で詳細に書いている人、感情の向くままに綴っている人、さまざまな記録が続く。

 

体験談より抜粋

「今回の災害は山の持ち主が賠償しないといけん」と言う。災害でいろいろ壊れたけれど、それよりも人間関係が大変だ。

防災士さんが「私たちはボランティアをしてあげるのではなく、させていただくということを忘れないで作業をしてください」と言われました。

マスコミ関係者は約10社くらい次々と質問を浴びせ、すぐカメラを向ける。しかもほとんど同じ質問を複数のマスコミ関係者が特定の人に行う。特定の人とは、話好きで愛想のいい人のように感じられた。写真撮影を嫌がる人も多く、マスコミ対策は一括管理に切り替えた。

町内会のアンケートが回覧板で回ってきた。「避難をする時は、近所の方にも声を掛け、一緒に避難してください」と書かれていた。あの時のアンケートがあったから、私は避難をする時、近所3軒に声を掛けた。あのアンケートがとても良かったと思う。

娘が「お母さん、変な音がする」と言った。山の土のにおいがぷーんとしてきて、ぴちゃぴちゃという音、石が流れる音が聞こえだした。あれよあれよという間に家がさーっと流れていった。娘は避難しなかったら死んでいる。

19時を過ぎると雨はさらに激しくなり、泥水が道路まで入り込み、家屋内のトイレ、ふろの排水溝や壁の隙間からもどんどん泥水が吹き上ってきた。裏の一階に住んでいる親子3人が窓を叩いて助けを求めた。窓しか開かず、びしょ濡れの3人を部屋に引き上げた。

写真で残す、言葉で残す。いずれも被災時の生々しい体験が読み手に伝わってくる。

かつては消防署員として活躍し、現在は自主防災会連合会の会長も務める柳迫さん。災害以来、市民の防災意識は確実に変わってきたと感じている。しかし「避難するか、というとそれは違う」と感じている。

今は、天気予報の見方や「土砂災害はどうしたら起こるのか」という知識は多くの人が持っている。行政の力がなくても住民たちで避難所を立ち上げ、運営するところもある。

「しかし、避難は難しいんです。最後は、自分の命は自分で守る、これに尽きると思います」

 

広島市防災士ネットワークを立ち上げた柳迫さん。代表世話人として、約120人のメンバーをまとめ、定期的に研修会を開催するなどして、団体の底上げをはかっている。県や市と一緒に避難に関するプロジェクトを運営したり、公民館や自治体の依頼に応え、ワークショップや講演なども積極的に行ったりしている。「こういう災害時にはこんな避難をしようという、直接的な会話と指導で、いざというとき、きちんと活躍できる防災士を育てていくのが使命かな」と話す。

現在、幼児教育アドバイザーとして、広島市内の幼稚園や保育園を回っている。目的は「保育園や幼稚園に子どもを通わせる保護者への防災教育」。保護者が防災について真剣に学ぶことで、その知識が子ども、孫に受け継がれていくと考えるからだ。

「平成30年7月豪雨災害 体験談集」を読み進めると「読むのがつらい」「しんどい」と口にする人がいるという。それでも、ぜひ読んで、これらの貴重な体験を家族に伝承してほしい。いつかまた災害が起こったとき、きっと役に立つからだ。もちろん、そんな日が来ないことを願って。

 

平成30年7月豪雨災害(広島県)体験談集は1冊1800円で販売。
問い合わせは広島市防災士ネットワーク代表世話人 柳迫長三さん(連絡先090-3740-0325)まで。

 

取材・文 門田聖子(ぶるぼん企画室)
写真 堀行丈治(ぶるぼん企画室)

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