取材班による現地レポート

豪雨災害から1か月。最も甚大な被害を受けた被災地の一つ、呉市天応地区の“いま”

2018.09.02

西日本豪雨災害が起きて約1か月が経過した8月19日(日)。
死者24名・行方不明者1名と広島県下で最も被害が大きかった呉市の現状を知るべく、呉市役所1階に本部を構えるくれ災害ボランティアセンターを訪ねた。

対応してくださったのは、呉市社会福祉協議会の近藤さん(写真右)と、災害ボランティア活動支援プロジェクト会議(※1)の派遣で群馬から駆けつけた高山さんだ(写真左)。
ほぼ休みなく、1か月以上走り続けているというお二人に、災害から1か月が経った呉市の“いま”を聞いてみた。

「復旧活動は進んでいますが、“日常”を取り戻すにはまだまだ多くの時間が必要だと感じています。特に、東の安浦、西の天応、この2つの地区は、9月以降も走り続けなければいけません」

災害から1か月以上経過した今、被災地で求められるニーズは刻一刻と変化し続けている。
まだまだ走り続けなければならない地区がある一方で、収束した地区では次のステップへ進むための、新たな課題にも取り組んでいかなければならない。

「被災された皆さまに必ず言っているのは「最後まで寄り添うから」ということ。僕たちの軸足は常に被災された住民にあって、それは絶対ぶれません」
という近藤さんの言葉に高山さんも静かにうなずく。

午前中は現場に赴き、ボランティア活動の状況把握や取りまとめに奔走。
午後からは各方面との会議や打ち合わせが続く。

休息の時間もままならないほど忙しいお二人だが、「呉市の“いま”を伝えたい」という当サイトのために被災地を案内してくださることになった。

訪れたのは、天応町の天応西条(てんのうにしじょう)地区。
呉市の中で最も被害が大きかった場所の一つだ。

天応町は3方を山々に囲まれた谷間にある。
今回の豪雨で、その谷間を縫うように流れる大屋川が氾濫し、橋や道路が次々に崩壊。
道路や周囲の民家は瞬く間に土石流にのみこまれた。
死者11名。行方不明者1名もまだ見つかっていない。

いたる所で、鉄の塊のようになった車をいくつも見かけた。
窓には多くの流木が突き刺さり、土石流の凄まじさを物語っている。

写真中央にあるような大きな石を『コアストーン』というそうだ。
「こんなコアストーンが山からいくつも流れてきたんです。コアストーンの撤去にもまだまだ時間がかかるでしょう」と近藤さん。

道路の脇には、山から流れてきた流木が積み上げられたままになっていた。

道路が川のようになり、山から流れてきた土砂は1メートル以上の高さまで積もったという。
要請のあった民家には順次ボランティアが派遣されているが、まだまだ手付かずの民家も多い。

2018年8月28日現在、くれ災害ボランティアセンターに寄せられているボランティア派遣要望に対して、その50%しか完了できていないという。
「まだまだボランティアによる支援が必要だ」と近藤さんと高山さんは考えている。

被災以降、呉市では連日県内外から訪れた300名以上のボランティアが活動している。
夏休みが終わる9月以降は、ボランティア参加者数の減少が予想され、まだまだ多くの支援を必要とする呉市では引き続き積極的にボランティアを募集していく予定だ。

募集状況は、くれ災害ボランティアセンターのFacebook(毎日更新)で確認できる。
検討されている方、迷われている方がいたらぜひ最初の一歩を踏み出してほしい。

2018年7月大雨災害・くれ災害ボランティアセンター
※最新情報がFacebookで確認できます。

 

(※1)災害ボランティア活動支援プロジェクト会議
被災者支援における災害ボランティア活動の活性化の一助となることをめざして、
業、NPO、社会福祉協議会、共同募金会等により構成されたネットワーク組織。

 

取材・撮影 イソナガアキコ

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