現地のいまを知る

待つだけでは、前へ進めない。自ら動き出す被災者とボランティア

2016.06.16

町の中心地から車で約20分。益城町の東端に位置する杉堂地区へと着いた。山間にあり、農業と林業が盛んな地域。家屋の倒壊もさることながら、道路の崩落や落石といった被害も多く、車での移動の際は、ヒヤリとする場面に多く出くわした。地区にある商店や食事処も被災し、営業しているようには見えない。

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一方で、畑ではすでに農作業が行われており、正直驚いた。とはいえ、生活が落ち着いたから仕事を再開している、のではない。いまやらなければ、生きていけない。状況は切迫していた。

「畑に苗ば植えんと、収入がなくなるけんね」。サツマイモ農家・坂野新太郎さんの表情は重い。秋に収穫し、収入を得るために、いま苗を植えなければならないのだという。築100年以上の自宅は地震により住めなくなった。現在は取引先企業の事務所を借りて、奥様の真由美さん、3人の子どもたちと暮らす日々。 「家財を持ち出したり、片付けをしたり、住まいを探したり…。やりたいこと、やらんといかんことはいっぱいある。でも、まずはサツマイモの苗を植えないと、どうしようもない」。そう言って、真由美さんは表情を曇らせた。

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住まいと仕事(収入)の確保を、公的な支援を待つのではなく、自分たちで奮起して進めた坂野さん夫妻。もうひとつ、新太郎さんは「農業ボランティア」も自ら呼びかけたという。地区の消防団の副分団長を務めている新太郎さん、炊き出しなどを行う際には「農業ボランティアに来てほしい」という声を発し続けた。その甲斐あって、この日は3名のボランティアが畑仕事にいそしんでいた。そのうちのひとりは、東京からやってきた沖智也さん。知人からキャンピングカーを借り、15時間かけて熊本へやってきたという行動派だ。「最初は益城町のボランティアセンターへ行き、お手伝いしていましたが、時間や内容などに制限があって。もっと手伝いたいというジレンマを抱いていました」と沖さん。そこで、自らボランティアを欲している人を探すようになり、この日は人づてに坂野さんがボランティアを求めていることを聞き、手伝いにきたのだという。坂野さんと沖さん、2人の自主的な動きにより、支援の手はしっかりとつながれたのである。

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真由美さんに、いま必要な支援を聞いてみた。「わからない。地震が起こった日から最近まで、今日だけを見て生きてきた。近ごろ、やっと明日が見えてきた。まだ、それぐらい。次は、日常を取り戻したい」。

取材中、「支援してほしいことが分からない」と答えた被災者は数多くいた。心も生活も、まだまだ整理はついていない。だからこそ、必要なのは被災者のニーズを「聞きとるチカラ」ではないだろうか?

「ボランティアによって、知らない地域の人とでも仲良くなれます。“姉妹都市”ならぬ“姉妹家族”がいろんな地域にいたら、幸せなことだと思いませんか?」取材中の沖さんの言葉が、とても大きなヒントのように思えてならない。

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いまできること取材班
文章:高野正通
撮影:長谷和仁

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