現地のいまを知る

1時間弱で51世帯の安否を確認! 地域を守る区長の存在

2016.06.21

益城町の中心部から東へ。車で15分ほど走り、上陣地区へ到着した。5つある益城町立小学校のひとつ、『津森小学校』がこの地区にはある。観光名所となっているのは『四賢婦人記念館』。近代日本の女子教育や婦人解放運動に尽力した矢嶋家姉妹。彼女たちを輩出した惣庄屋・矢嶋家の家屋を移築復元したものだ。しかし、地震の被害はこの名所にも及んでおり、取材時は休館となっていた。

この日、アセスメント(※1)のスタッフが地区を回る前に、上陣区長・廣田律男さんからの挨拶と区内の説明があった。

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「区内に家屋は54軒あり、1軒は交番で、2軒は空き家。暮らしているのは51世帯です。さらに、85歳以上の方がいる世帯が2軒、車椅子の方がいる世帯が1軒、公民館に避難しているのは5世帯、『エミナース』(※)に避難しているのは2世帯です」

細やかな状況把握に、正直驚いた。挨拶後は、自ら原付に乗ってスタッフを案内する。しっかりしたリーダーシップと、テキパキとした行動。アセスメントが終わった夕方、当時の状況について話を伺った。

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これからアセスメントへ向かうスタッフ

「14日の前震時、私は風呂に入っとりました。髪を洗ってたら、大きく揺れて…。揺れが収まってからすぐ着替えて、家を飛び出しました。“大丈夫ですか!”と声をかけて回り、避難する前に家財を持ち出したいという人には“一緒に取りにいきましょう”と声をかけて…」

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住民と手分けして地区中を回り、安否を確認。全世帯を確認したところ幸いにも大きな被害はなかったという。

15日、天気は良く、日中は家の片付けなどをしていた廣田さん。もう大丈夫と思ったものの、家族に促され、夜は津森小学校のグラウンドで車中泊をすることに。

「多くの人たちが同じように車中泊しとりました。そして16日、本震が発生。 車が大きく揺れ、辺り一面は真っ白。土ぼこりが舞い上がっていたんです」

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前震には耐えるも、本震で損傷したという家屋が多い

揺れが収まり、廣田さんは再び全世帯の安否確認に駆け出す。今回は一人で全51世帯を確認、要した時間は1時間弱だったという。倒壊した家屋は3軒、ケガをした人は1名。幸いにも、重傷者はいなかった。

「若い頃はスポーツに打ち込んでいて、いまでも走ることは得意。まさか、こぎゃん時に役立つとは…」上陣地区では2年に1回、区長が交代する。廣田さんは今年の4月から新区長を任されたばかりだった。とはいえ、この地に暮らし始めて31年。区長になる以前から、住民とは顔なじみだ。さらに、会社員だった頃は防火管理者として危機管理の勉強をしていたという。体力と知識、そして住民との確かなつながりが迅速な安否確認を実現できた理由だといえる。

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地震によって崩れた水路。右側のパイプは災害後に設置された臨時の上水道管

最後に、いま必要としていることを尋ねてみた。「津森地区の避難所をもっと改善してほしいと、行政に要望を出しました。この辺りは津森小学校と公民館、保育所が避難所になっているが、小学校の体育館は天井が落ち、公民館には備蓄品がなかったのです。それに、津森小学校は大雨になると土石流の危険もある。梅雨や台風の季節になるので、二次災害、三次災害が恐ろしか」廣田さんは、これからの地区の安全面に目を向けていた。

安心して暮らせる日常を取り戻すためには、生活の支援とともに、災害への備えを万全にしていく必要がある。しかし、住民のチカラだけではとても足りない。道路や河川の整備、備蓄品の確保、震災後のハザードマップの作成、防災知識の共有など必要なことは、まだまだ山積みだ。

※1:生活実態調査のこと。今後の災害関連死に歯止めをかけるため、在宅・在庭避難者の実態調査、要援護者の把握と支援マッチングを行う全戸調査が益城町で実施された。

※2:正式名称は『阿蘇 熊本空港ホテル エミナース』。空港の近くにあり、震災後は福祉避難所となっている。

いまできること取材班
文章:高野正通
撮影:長谷和仁

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