現地のいまを知る

地域交流の大切さを実感。新興住宅地の防災への課題

2016.06.29

熊本市と隣接する益城町。馬水南地区は商店街が構成される県道28号と秋津川にはさまれたエリアで、比較的あたらしい住宅がならび、家屋の倒壊も少ないようだ。
そう見えるのはここだけ。ちょっと奥に入ったら、ひどい状況ですよ」。そう話してくれたのは、馬水南区長の橋場紀仁さん。馬水南地区は320世帯。会社員の家庭が多く、マイホームをたてて移り住んだ世帯が多いそうだ。鹿児島県出身で元自衛隊員という橋場さんも、奥さんの地元である益城町を退職後の安住の地として選んだという。

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馬水南区長の橋場紀仁さん。益城町の各区長をとりまとめる区長会長もつとめている

4月14日の前震、16日の本震の直後は、馬水南地区の住民全員が避難所に向かった。「益城町保健福祉センター」と「広安小学校」の2カ所が避難所に指定されていたが、ほかの地区からも人々が押し寄せ、避難所内はごった返しに。全員は収容できないため、さいわい被害を受けなかった「馬水南公民館」に約30世帯が移った。
「妻を避難させたあと、地域のひとたちの安否確認で町内を見回りました。住民名簿の連絡先が固定電話なんですよ。家が倒壊すれば固定電話は使えません。ほとんどのひとと連絡が付かない状態で、災害時の緊急連絡のために携帯電話のリストを作っておけば…と思いました」。家の電話が通じないなんて…災害時は思いもよらないことが足かせになることに気付かされた。結局、橋場さんが地区のひとたちの状況を把握するには10日かかり、携帯電話を明記した住民名簿ができたのは本震から2週間後だった。

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馬水南地区ではあいにくの雨の中、一軒一軒の家を訪問し生活実態を聞き取る「在宅避難者世帯の状況調査」がおこなわれた

「地区によっては消防団による防災組織もしっかりしていますが、馬水南地区の消防団員は5名だけ。そのために、地域のひとたちの防災意識を高めたいと、去年、避難訓練を実施しましたが参加者が少なくてね」と、残念そうな表情に。自衛隊出身ということもあり、ねりにねった訓練内容だったそうだが、「休日だからゆっくり休みたい…」と感じる人も多かったのだろう。
しかし、日頃から顔を見知って交流があれば、災害時に声もかけやすい。そこで橋場さんが思いついたのが“秋津川の清掃”だ。清掃日には約250名が集まり、地域住民の交流にも一役買った。さらに、新年には地区のPTAと協力して“どんどや”を実施した。
「子どもがいる家庭でも参加しやすいイベントがいいんですよ。子どもたちも隣近所のひとと顔見知りになって、防災にも、安全な地域づくりにもつながりますからね」と、手応えを感じていたそうだその矢先におこったのが熊本地震だった。

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調査スタッフや取材班のために、カーポートのあるお宅に掛け合ってくれた橋場さん。面倒見のよさと親しみある笑顔で、頼りになる存在だ

本震から1カ月半が過ぎたが、まだまだ心配事が多いと語る橋場さん。ひとつは、避難生活世帯の新たな住まいの問題。「益城町であればどこでもいい」と言うひとが多いそうだが、見なし住宅やトレーラーハウスの申し込みは少ないらしい。また、倒壊したにもかかわらず持ち主の所在がわからない家もあり、がれきの撤去がとどこおっているケースもあるそうだ。
「大雨が降ると、普段でも5cmほど道路が冠水します。地震でさらに30cm沈下したのでこれからの季節が心配です」と、避難生活の長期化や二次被害に対する不安もつのるという。
「これまで、さまざまな形でみなさんの協力をいただきました。益城町にも災害ボランティアセンターも開設され、これからもみなさんの支援・応援をお願いしたい。なにが求められるかは、ひとによって、その時々でかわるので具体的なことは言えませんが、みまもってほしいですね」。地震前の生活を取り戻すにはまだまだ時間がかかる。しかし、橋場さんはボランティアの協力をえながら、地域住民の避難生活を支えていきたいと力強く話してくれた。

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馬水南地区は秋津川沿いに広がる地域のため、浸水による二次被害が危ぶまれる

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川に沿って土のうが並べられる風景は、益城町のあちこちで見られるように

いまできること取材班
文章:廣木よしこ
撮影:長谷和仁

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