現地のいまを知る

今後の住民サービスや危険が通学路に不安。子育て世帯の在宅避難生活

2016.07.07

熊本地震発災後、生活環境が一変してしまった益城町の子どもたち。ゴールデンウィーク後からは町内の小中学校も再開し、平常を少しづつ取り戻しているようだが、町の状況はなかなか改善しない。
「住む場所として益城町にこだわる必要はないんですが…。子どもたちの学校もあるし、中学生までは医療費が無料だし。子育てしやすい町なんです」と話してくれたのは3人の子どもを持つ池野チドリさん。地震によって大きなダメージを受けた町の住民サービスが今後どうなるのかと、これからの子育てに不安を感じているという。

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調査スタッフにも笑顔で対応してくれた池野チドリさん。本震後は池野さんの実家のある宮崎県高千穂町に避難していたが、小学校が再開されるために益城町にもどってきた。今、一番の希望は、家族そろってのおでかけ。被災地としての日常から少しでも離れたいとささやかな願いを語ってくれた

住まいは益城町馬水地区のアパート。地震による倒壊は免れたが、アパートの住民みんなが敷地内の駐車場に出てきて、そこに布団を敷いて就寝したそうだ。
「うちの2階に住む家族の姿が見えなくて。たずねてみるとお母さんが腰を抜かしていて、近所の人たちと一緒に救出しました。ひとり暮らしのおばあちゃんも住んでいるから心配で。普段はあいさつ程度のお付き合いでしたが、地震をきっかけにご近所にきづなが生まれたみたいです」。ともすれば、隣りに住む人の姿を見ることもなく過ごしてしまう集合住宅。池野さんの話を聞き、あいさつ程度とはいえ、ふだんからの声かけの大切さを感じさせられた。

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全壊した益城町のアパート。池野さんのアパートは無事に住める状態のため、益城町内から引っ越してくる人もいるそうだ

家屋の倒壊率が高い宮園地区。地震前の住宅街の風景は一変し、道路を歩けば、倒壊した家々とがれきの山が続く。
「熊本市内の高校がはじまるので、ゴールデンウィーク時に自宅に戻りました」とは、高校1年・2年と小学4年の3人の子どもを育てている田上このみさん。1年半前に建て替えた我が家は、応急危険度判定(※1)では被害度が小さい「緑紙」の判定だったが、隣りに立つ家が崩壊しているため、要注意の「黄色紙」が貼られた。今回の取材中でも、「パリン、パリーン」と瓦が落ちる音が。雨が降ると雨水が重しになり、崩れた瓦も落ちやすくなるのだという。田上さんの自宅以外、周辺の家々は瓦がいつ崩れてもおかしくない状態だ。

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陸上部で練習にはげんでいる長男の祐輔君と、外で思いきり遊びたいという次女の遙菜ちゃん。避難生活をつづく中でも笑顔で話してくれたことに、ホッとさせられる

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前震・本震で建物の基礎ごとずれたが、倒壊はまぬがれた田上さんの家。ご主人の両親とともに二世帯の避難生活がつづいている

「一番心配なのは、小学校への登下校。通学路はがれきをぬって歩くようになるので、車で送り迎えしています」。これまでは、集団登校をしていたそうだが、近所の子どもたちは避難所から通学するようになり、今は田上さんの娘だけがこの地区から小学校へ通っている。大人でも歩くことをためらってしまう通学路の状況に、一時でも早くがれきの撤去が進むことを願ってやまない。

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(上・下)通学路の道沿いには倒壊した家々やがれきの山がつづく

また、熊本市内の学校に通う高校生の子どもたちも、これまではバス通学をしていたが、近くのバス停までの運行が休止されたため車で送り迎えをしている。
「途中まではバスが来ているので、そこまで送っていましたが、上の子は早朝からはじまる課外授業、下の子は部活の朝練があり、始発のバスでも間に合わない。学校も違うので、登校させるにも一苦労です」と、学校が再開して一安心したものの、通学の不便さは主婦業と仕事を両立している田上さんにとって大きな負担になっている。

※1:大地震により被災した建築物を調査し、その後に発生する余震などによる倒壊の危険性や外壁・窓ガラスの落下、付属設備の転倒などの危険性を判定し、二次的災害を防止することを目的としたもの。赤(危険)、黄(要注意)、青(調査済)の紙が危険度に合わせて建物に貼られていく。

いまできること取材班
文章:廣木よしこ
撮影:長谷和仁

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