現地のいまを知る

豊富な地下水が結びつけた支援の輪。地域住民の快適なくらしを支える

2016.07.08

益城町役場のある宮園地区は南北に長い地域。町の幹線道路となる県道28号の南側に区長の増永信喜さんの住まいがある。付近の住宅はほとんどが倒壊。がれきが道路にはみ出し、いくつも亀裂が入っている。取材時のような雨の日にはおおきな水たまりができ、通行も困難だ。地震のすさまじさだけでなく、被災地でくらす不便さを感じさせられる。

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ブルーシートでおおった小屋で避難生活を送る増永信喜さん・春代さん夫婦。自宅は小屋の奥で全壊していた

「地震であたりは変わってしまったけど、うちの地下水だけは変わらずに出よるよ」と、庭先でコンコンと湧き出す地下水をさして話す増永さん。自宅は全壊し、現在は奥さまの春代さんとともに簡易で建てた小屋に住んでいる。

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49年前から生活用水として使用している地下水。地震の後も水質は変わらず、かえって湧出量が増えたそうだ

「この地下水があったからこそ、この小屋も建ててもらえたんですよ」。地震後、地下水が変わらずに湧き出ていることを確認した増永さんは、付近の住民たちにも使ってもらおうと水場を解放。飲み水だけでなく、洗濯ができるようにそばには洗濯機と発電機も設置した。すると、近所の大工さんが毎朝、洗濯に訪れるようになった。それまでは夫婦二人でテント住まいをしていたが、「ある日『このままじゃ病気になるよ』と言って、ブルーシートと木材でこの小屋を建ててくれてね。半日で造ってくれたんだよ」と、目をほそめる。大工さんが作った小屋は簡単なものだったが、後日、鹿児島から訪れたボランティアの手により補強されたのだという。
なかをのぞかせてもらうと、畳敷きの室内の一画には、ぐっすり眠れるマットレスや生活用品をまとめた棚が置かれていた。
「なかなか快適ですよ」と微笑む春代さんの顔には、避難生活が続くなかでもホッとできる場所が確保できているという安心感がのぞく。

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自宅の居間とまではいかないが、畳を上で足をのばしてくつろげる小屋のなか。「地下水があったおかげで大工さんが建ててくれた」と夫婦そろって話してくれた

さらに、京都から来たという大工さんから、水がわく場所にシャワールームを造りたいという申し出があり、増永さんの小屋の前に小さなシャワールームが完成。ライフラインが停止しながらも在宅避難を続ける地域のひとたちは喜んで使ってくれたそうだ。「親子で毎日来る人もいるよ」と増永さんが言うように、一日の終わりに熱いシャワーを浴びるという当たり前のことも、被災地では特別なことなのだ。

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地下水が結んだもう一つの縁が、シャワールームを造ってくれた京都の大工さん。ブルーシートの奥がシャワー室になっている

「京都から手紙が来たんです」と春代さんが見せてくれたのは、大工さんとその娘さん、そして増永さん夫婦がシャワールームの前で撮った記念写真。地下水が結んだ増永さんとボランティアの方々との縁が、宮園地区の住民たちへと広がっているようだ。

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増永さんが区長をつとめる宮園地区。せまい道路にがれきがはみ出したままだが、撤去されるめどはたっていない

一方で、避難のために地域の人々がいなくなってしまったことが気がかりだという。
かろうじて立っている家も、余震や雨で徐々に崩れていく。早くどうにかしないと、危険だし、今後の生活にも影響する。町の職員にも言いよるが…」と顔を曇らせる。手つかずのままの倒壊家屋は、地域の復興を遅らせるだけでなく、住民たちの気持ちも不安にさせている。

フォトアルバム

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増永さんの小屋のまえには、屋根のブルーシート張り、ブロック解体などを請け負う無料ボランティアのお知らせが

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敷地内におかれたおおきなテーブル。これも、地下水を利用する地域のひとが運んできたもの

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小屋の戸口に下げられた、ビニール袋の郵便受けと新聞受け。「お疲れ様です」の文字に、増永さんのやさしさを感じる

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倒壊した自宅のがれきのなかに、増永さんがいとなむ着物屋の看板をみつけた

いまできること取材班
文章:廣木よしこ
撮影:長谷和仁

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