現地のいまを知る

全壊した家からキセキの脱出。長年つづけてきた“米づくり”がはげみに

2016.07.12

九州一の米どころといわれる熊本。良質な地下水にめぐまれる益城町には米農家が多く、馬水南地区に住む松本昭拾さん・智子さん夫婦も長年米づくりにいそしんできた。
雨の降るなか、在宅避難者調査に対応してくれた松本さん夫婦。気さくな昭拾さんの対応と、玄関先に貼られた応急危険度判定(※1)の「黄色紙(要注意)」に、ご自身も、自宅も無事でよかったとホッとしたものの、「これは息子の家。私の家はあれだけん」と、昭捨さんが指さす先には倒壊した瓦屋根の家があった。

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自宅からはだしのまま飛び出したという松本さん夫婦。「股関節を痛めていて、ふだんから歩くのにも痛みを感じていたけど、家から逃げるときは痛みも忘れていました」と奥さまの智子さん。「着の身着のまま、服も貴重品もなにも持たずにでたけん、取りいきたかばってん」とはご主人の昭拾さん

おなじ敷地に、長男、次男の家、畑をはさんで松本さん夫婦の家がならんでいる。息子さんたちの家は倒壊をまぬがれ、発災後は避難所に行かずにすんだという。松本さんのすまいは、平屋だが天井が高く、屋根裏が物置になった昔ながらの農家の家。
「60年前に私のおやじが建てたんですよ。頭(屋根)が重して、バランスが悪かけん、前震で屋根がベシャンと落ちてきた」。

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全壊した松本さんの自宅(奥)。台風の被害で瓦が落ち、重みのある防災瓦にふきかえたことも全壊の原因だったのではと松本さん。手前の畑では苗床の準備がすすんでいた

地震が起きたときは、松本さんは早めに就寝し、智子さんは応接間でテレビを見ていた。おおきな揺れとともに屋根が崩れ落ちてきたが、松本さんは畳の上にふとんを敷いていたためにベッドが支えに、智子さんは応接間のソファーが支えになり、わずかな隙間ができたことにより二人とも助かったそうだ。
「近所の人からは『きせき』と言われました」と明るく話してくれるものの、崩れた家を目にするたびに「ドン!」という地鳴りの音がよみがえってくるそうだ。

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「余震のたびにどんどん崩れて、軒の瓦が地面につくようになった」と、1700回を越える余震の影響も大きいと話す松本さん

二人の息子さんの家と松本さん夫婦の家の間には畑があり、今年、植えるための苗が育っていた。
「部屋におるといかん。仕事ばとられると病気すっもん」と、避難生活がつづくなかでも田植えの準備を着々とすすめている。しかし、田んぼの用水路や田植機もこわれてしまったため、今年は家族が食べる分だけを作付けするのだという。作業を手伝ってくれる“田植えボランティア”も要請できることを伝えると、「自分でせなんいかん」と気丈なこたえ。松本さんにとって、米づくりがこころのいやしにもなるのだろう。手を貸すことも大切な支援だが、これまでの仕事をこれまで通りに続けるために、なにができるのかを考えさせられた。

松本さん夫婦の頭を悩ませるのは、倒壊した家の解体。役場に依頼すると無料でできるだが、いつになるかわからない。しかし、自費でまかなえば、家を建てる費用がなくなる。
「我が家を見ると切なくなる」とポツリともらしつつも「命があったけんですね。がまださなん!(がんばらなきゃ!)」と力強いことばに、取材班の方がはげまされた気がした。

※1:大地震により被災した建築物を調査し、その後に発生する余震などによる倒壊の危険性や外壁・窓ガラスの落下、付属設備の転倒などの危険性を判定し、二次的災害を防止することを目的としたもの。赤(危険)、黄(要注意)、青(調査済)の紙が危険度に合わせて建物に貼られていく。

いまできること取材班
文章:廣木よしこ
撮影:長谷和仁

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