現地のいまを知る

できることを、できるだけ。“書”で地元を元気に

2016.07.22

自分にできることはないか?
地震発生後、自問自答している人たちはたくさんいるはずだ。
益城町在住の書道講師・石井友美さんも、そのひとりだった。

益城中央小学校からほど近い福原地区に家を建てたのが2年前。普段は熊本市東区にある実家の2階や市内の交流センターなどで書道教室を開きつつ、命名書などオーダーによる作品づくりも行っているという。
ボランティアなどの支援活動をしている人たちを見て、自分にも何かできることがないかと考えました。私にできることは“字を書くこと”。それで、友人に文字にしたいことはないかと尋ねました。多くの人が“感謝の気持ちを書いてほしい”と言ってくれて。それから文字を書くという支援活動をスタートしました」と石井さんは振り返る。

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取材の時は、木山中学校の生徒会が決めたという復興へのスローガンを書いている真っ最中だった石井さん。学校に大きく掲示されるという

石井さんの友人の自宅。全壊した家屋には、「支えてくれてありがとう 皆で乗り越えよう 感謝」という石井さんが書いた言葉が掲示されていた。この感謝の言葉には2つの意味が込められているという。ひとつは、支援をしてくれる人たちへの感謝。もうひとつは、家そのものへの感謝の気持ちだ。
「私の周りに、“益城町は怖いから、行きたくない”という人たちがいました。それは余震のせいではなく、たくさんの倒壊した家屋を見るのが怖いという意味だったのです。でも、倒壊した家は、地震の前日まで住んでいた人たちがいて、普通に“ただいま”って帰ってきていた家。きっと明るい家だったのに、怖いって言われるのは、住んでいた人にとって悲しいことだと思いました。だから“家族を守ってくれてありがとう”とか、“今までありがとう”といった気持ちも込めて、感謝の言葉を書いています」と石井さん。
その他、営業を再開した理容店や、支援活動をするトラックなど、石井さんの書は益城町のいろいろなところで目にすることができる。

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石井さんの書を掲示している家屋。言葉には、支援してくれる人たちと、家への感謝の気持ちが込められている

しかし、活動を進める中で、石井さんは壁に直面した。家や生活への被害が少なくて済んだ自分が、大変な被害を受けた人たちへメッセージを書いていいものかと。
「いろんな言葉を書いていくうちに、もう自分の言葉では書けないという気持ちになってきました。そんな時に、ひらめいたのが歌の歌詞を書くこと。気持ちが前向きになれる歌を選んで、その歌詞を書けば、より多くの人たちに元気を届けられるのではないかと思いました。それから、本人たちに許可をもらいながら、ゆず、嵐、ET-KING、大黒摩季さんの曲などを書き、学校や地域の避難所に掲示させていただいています」。
現在も石井さんは復興支援のための言葉を書き続けている。時に悩みながら、新しいことも取り入れながら。
そして、感謝の言葉を書いて家屋に掲示する活動も、引き続き行っているという。「たくさんの依頼をいただいています。書いてほしいという人がいらっしゃるうちは、しっかり応えていきたい」。石井さんの想いは、確実に被災地の人たちに届いている。

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益城中央小学校に掲示されている嵐の曲『ふるさと』の詞。作詞をした熊本出身の小山薫堂氏に許可をもらい、制作したという

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ゆずの曲の書は、福祉避難所となっている特別養護老人ホーム『いこいの里』館内に掲示。見る人に元気を与えている

支援活動というものに、正解はないのかもしれない。自分にできることを探し、つまずいたら考え、改善をしていく。不器用かもしれないが、被災地に寄り添う気持ちを持っていれば、そのサイクルを繰り返していくことで、きっと支援へとつながっていくだろう。
できることを、できるだけ。あまり難しく考えず、まずは自分の特技や長所から「いまできること」を考えることは、大きな一歩を踏み出すキッカケになるはずだ。

 

いまできること取材班
文章:高野正通
撮影:長谷和仁

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