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大西一史熊本市長 被災した首長が伝える「全国の自治体が、いまできること」

2017.05.02

―熊本地震が発生したときのことを教えてください。

前震が起こったのは、4月14日21時26分。私は、熊本市役所のすぐ近くの飲食店で、職員の歓送迎会に参加していました。揺れが治まってからすぐに熊本市役所へ向かい、15分後には庁舎に着いていたと思います。それから指揮を取り、24時間眠らず、ずっと災害対応をしました。
前震では、震源となった益城町に近い熊本市東区地域で深刻な被害が発生。その他、南区も深刻な被害状況でした。熊本市役所のすぐ目の前にある熊本城は、瓦が落ちるなどの被害を見て取れました。

熊本地震発生時の緊迫した状況を振り返る大西一史熊本市長

―どのような対策を進められましたか?

まず、人命救助の点から「被害の全体像を掴むことが重要」と考え、24時間かけて情報を収集しました。あわせて、一部の地域では断水と停電が発生していたので、その対策に全力をあげ、避難されている人たちに毛布や水、非常食、備蓄物資を配り、簡易トイレの設置も進めました。
それから、災害対策を進めるなかで、「4月16日朝には水道が全面的に復旧する」という目処が立ったので、これからの長期戦に備え、私は少し休憩と荷物を取りに一旦自宅へ帰りました。2階のクローゼットの前で着替えなどをバッグに入れ、防災服を着たまま床にごろんと横になったら、いつの間にか寝落ちしてしまっていて…。目が覚めたのは「ドン!」と床から突き上げられた時。4月16日1時25分に発生した本震です。
「とんでもないことになった」
熊本市役所の職員に連絡するが、誰にもつながらない。近所の皆さんに「とにかく避難所へ避難してください!」「危険だからブロック塀の近くを通らないで!」「道路の真ん中を歩いて逃げてください!」と伝えて、妻の車で熊本市役所へ向かいました。その後は、本当に記憶にないぐらい、次々といろんな指示をして対策を進めました。
また、本震後に余震がひどく続いていて、その恐怖との闘いも大変でした。市民の皆さんは、ありとあらゆる場所に避難されていたので、その全体像を早く掴んで、ひとりでも多くの人を救出し、水や食糧などを届けることに全力をあげようと、とにかく情報収集と命を守ることを最優先しました

―実際に被災をして、防災や災害対策の面で感じたことはありますか?

作っていたマニュアルは、ほとんど役に立ちませんでした。内容うんぬんではなく、マニュアルを見ている“時間”がなかったからです。次々と起こる事象に、できるだけ早く対処しないといけなかったので、情報を集め、即時判断して、指示を出していました。何回も何回も繰り返してやっていくうちに、それが型になっていったという感じです。
とてもありがたいと感じたのは、国や他の自治体からの人的支援物資も初期の段階から非常に多くご支援いただきました。一方で、これをハンドリングできなかったことが大きな反省点。一気に入って来る大量の人とモノに対応することは、とても大変です。被災地で起きている事象への対応と、被災した市民への支援で手一杯のなか、受援(応援を受ける)体制ができておらず、非常に混乱しました。その点に関しては、自衛隊や国、県の力を借りて何とか進められたという状況でした。

―必要性を感じた準備や対策はありますか?

受援計画を作ることです。災害の規模と被災状況によって、支援体制は変わります。被災が大きければ大きいほど、マンパワーが減ってしまうからです。つまり、さまざまなことへの対応力が落ちてしまう。受援計画を作ることで、自治体が機能不全に陥らないようにすることが大事だと思います。実際に、熊本市は熊本地震後、受援計画を作りました。また、備蓄に関しても、足りなかった物資は改めて準備し、現在20万人分の備蓄を用意、すでに配備も終えています
また、九州各県で熊本に近い地域から、水や食糧を応援していただくことも大切だと痛感しましたので、近隣自治体との連携やボランティア団体との連携も重要だと考えています。
それから、民間企業との協力です。熊本市では、物流関係の会社や大手流通店舗との協定を次々と結んでいるところです。1年前に比べ、災害対策の体制はずいぶん向上していると思います。

災害から復旧するだけでなく、「災害に強い都市」となるべく、防災や災害への備えにも力を入れているという大西市長

―他の自治体へ伝えたいことはありますか?

いちばんは、「我々の体験と現在の状況を共有してほしい」ということ。いざ発災すると、避難所の開設運営はうまくいかない、物資の運搬はうまくいかない、人命救助もなかなかすぐに進まない…本当にいろいろと課題が出てきます。例えば、熊本市では以前から福祉避難所(※1)を指定していましたが、地震直後は開設がうまくいきませんでした。それは、福祉避難所に指定していた施設自体が被災していたからです。そのように、我々がうまくいかなかったことを知っていただき、同じような結果にならないようしてほしいと思います
他の自治体の方に申し上げていることは、「明日は我が身」だということ。嫌な言い方ですが、災害はいつ、どこで起こってもおかしくありませんその時のためにも、住民・地域・行政の力を高めておくべきで、そのために大事なことを、熊本地震や過去の震災の教訓から感じ取っていただきたい
そのためにも、私たち災害を経験した首長が集まって、「災害時にトップがなすべきこと」(※2)というメッセージを策定しました。災害によって状況や対策は異なりますが、トップの危機管理やマネージメントについては、ここにあるようなことを共有することが大事だと考えています。

もうひとつは、「できている」と思っていることでも、もう一度点検してほしいということです。例えば、災害時の協定などを結んでいても、機能していない場合が多いと思います。紙に書いて、サインして、印鑑押して終わり、ではなく、具体的にどう動くのかを改めて確認してください。

最後に、災害は実際に被災してみないと、分からないことが多いのです。私も阪神淡路大震災、東日本大震災の被災地へ行きました。福島県、宮城県、岩手県には毎年行っていました。その時には「大変だな」と思いますし、防災や災害支援の面でも、できるだけ吸収してきたつもりでした。でも、東日本大震災で被災された人たちの「家に帰れないつらさ」というのは、熊本地震を経験した今だからこそ分かることであって、経験してなければ絶対に分からなかったと思います。そういう意味では、他の自治体の方々や、全国の方々に、実際に熊本へ見に来ていただきたいと思います。皆さんの防災につながるなら、私の体験談はいくらでもお話しします。

修復工事が進む熊本城の天守閣。「熊本が復興するまでには、長い時間がかかります。これからも長く寄り添っていただければ幸いです」

※1 体育館等の一般避難所の生活において何らかの特別な配慮を必要とする方で、身体等の状況が介護保険施設、障害者支援施設、医療機関などへ入所・入院するには至らない方を対象とした避難所。

※2 大水害を経験した首長の集まりである『水害サミット』で策定した『災害時にトップがなすべきこと』に、東日本大震災や熊本地震等の大地震を経験した首長の意見を新たに加え、風水害、地震・津波全般にわたって最低限トップが知っておくべき事項として取りまとめたメッセージ。「災害時にトップがなすべきこと協働策定会議」には、岩手県陸前高田市長、岩手県釜石市長、宮城県石巻市長、宮城県南三陸町長、茨城県稲敷市長、千葉県香取市長、新潟県三条市長、新潟県見附市長、長野県白馬村長、兵庫県豊岡市長、熊本県熊本市長、熊本県嘉島町長、熊本県甲佐町長、熊本県益城町長、熊本県西原村長が参加。

 

いまできること取材班
文章:高野正通
撮影:柳瀨武彦

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