現地のいまを知る

写真を通じて被災地・南阿蘇村の今を伝える

2016.11.29

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熊本地震が起こる前の南阿蘇村。青い空にみどりのやまなみが映える自然に囲まれた村だ(写真提供/長野良一)

阿蘇五岳と外輪山に囲まれた南阿蘇村。豊かな自然に恵まれた村を襲った地震は、みどりの山肌を崩落させ、湧水を枯渇させ、土砂くずれのために渓谷や滝の形も変えてしまった。
「とんでもないことが起きた!」
南阿蘇村(旧長陽村)に生まれ育ち、25歳から南阿蘇を拠点に写真家の活動をはじめた長野良一さんは、子どもの頃から親しんできた風景の変わり様をすぐに受け入れることはできなかった。自ら被災したにも関わらず、一眼レフカメラを手に飛び出していたと振り返る。
「この状況をすぐに発表しなければ」と、地元の南阿蘇村、阿蘇市を中心に被害状況を撮り続けた。その写真は、地元の住む人だからこそ知る場所、顔見知りだから撮れる落胆する村の人々など、地震の爪痕を生々しく写している。

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阿蘇の風景を撮り続けてきた長野良一さん。写真集の出版や写真教室などで、阿蘇の魅力を伝えてきた

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阿蘇を象徴する山・米塚の頂に入った亀裂。8月16日、セスナ機より撮影(写真提供/長野良一)

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長野さんの活動拠点『阿蘇アースギャラリー』にも近い塩井社水源。地震前は湧水をたたえ、水をくみに訪れる人も多かった(写真提供/長野良一)

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地震後の塩井社水源。長野さんは「水源の水が枯渇するなんて想像もしなかった」と、地域の湧水の変わりようにショックをうけたという(写真提供/長野良一)

「正直、何をしたらいいのかさっぱりわからない状況でした。しかし、シャッターを押し続けたのは、この経験を多くの人に伝え、後世に残さないといけないという思いから。何があったのか伝えることが写真家の仕事ですからね。南海トラフも心配される今、地震が起こった時の状況を東京や東北へも知らせたいと思いました」
5月には撮りためた作品を「阿蘇復興支援写真集:ゼロの阿蘇」として発行。1部500円の写真集は、売り上げのうち200円を阿蘇で活動する個人や団体に直接寄付できるようにした。7月、9月と続けて3号発行され、それぞれに近影の作品を収録。今後も引き続き復興過程にある阿蘇の姿を撮り続け、「ゼロの阿蘇」を発表していくそうだ。

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発災直後から撮り続ける被災地の風景をまとめた写真集『ゼロの阿蘇』。写真展の会場でも販売される

また、写真展「熊本地震緊急写真展:ゼロの阿蘇」を熊本県内外で開催。6月の熊本市を皮切りに、東京や東北へも巡回。12月には佐賀市で予定されている。大きく引き延ばされた作品の数々は写真集にはない迫力があり、地震という自然の力のすさまじさを感じる。
「被災した写真を見たくないという方もいます。しかし、県内に住んでいても、南阿蘇の復旧がなかなか進まない現状を知らない人が多い。また、被害が大きいのは旧長陽村で、白水や久木野は被害は少ないのですが、同じ村ということで観光客が減少しています。被災地の現状を知らせながら、観光地・南阿蘇村の今も伝えていきたい」と南阿蘇の復興には観光客を呼び戻すことも重要だという。

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(上・下)10月31日まで開催されていた、東京『防災専門図書館』で行われた『ゼロの阿蘇』写真展の様子(写真提供/長野良一)

南阿蘇村では、立野地区の町営施設を活用した『復興ミュージアム』の計画も進み、平成29年4月16日のオープンをめざしている。長野さんが副代表として名を連ねる『南阿蘇ふるさと復興ネットワーク』が中心に取り組み、ロックバンド「SEKAI NO OWARI」から贈られた寄付金を生かした取り組みだ。
地元愛にあふれ、写真家として様々な人たちとのネットワークを持つ長野さんがいるからこそ、いろいろな復興への道筋が模索できます。東京から移住した私をはじめ、南阿蘇に夢を抱き移住した仲間も多くいます。一人ひとりの夢が継続できる南阿蘇村に、長野さんと一緒になって戻していきたいですね」と、長野さんとともに地域の復興に取り組む『南阿蘇ふるさと復興ネットワーク』事務局長の吉村孫徳さん。

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新規就農者を支援する『阿蘇エコファーマーズセンター』の事務局長でもある吉村さん。農業ボランティアの受け入れや、東京や福岡での直売、ネット販売などで、南阿蘇の農業の復興にも取り組んでいる

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地震と大規模な斜面崩壊で阿蘇大橋が谷底に消えた南阿蘇村立野地区。同地区の被害をまぬがれた建物を再利用して『復興ミュージアム』を作る予定だ。8月16日、セスナ機より撮影(写真提供/長野良一)

甚大な被害を受けた立野地区の住民は、現在は隣町の大津町の仮設住宅へ。自分達が暮らしていた地域がどのように変わったか、近所の人たちはどうしているか、住民たちが集まり情報交換ができる場所にしていきたいという。
「セカオワが被災したイチゴ農家や民家の手伝いに来てくれ、その後、コンサートでファンのみなさんに呼びかけて集めてくれた寄付金です。その気持ちを大切にしたくて、被災者の拠点となる「復興ミュージアム」、発災から1年の節目のイベントにあてることにしました」と、被災地に元気を呼び戻す催しにしたいと話す長野さん。
「被災地の復興は被災者自らの力で」と奮闘する姿に心から応援したくなった。

長野良一オフィシャルサイト

 

いまでき取材班
撮影:下曽山弓子
文章:廣木よしこ

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