現地のいまを知る

生活再建に、住民の交流に。「支援拠点」が存在感を発揮

2016.09.20

日本財団は6月14日、大雨などによる浸水被害や土砂くずれが予測される益城町の東無田、櫛島、平田、杉堂の4地区に、避難所兼コミュニティースペースとなる支援拠点(プレハブ住宅)を設置した(詳しくは6月18日の記事を参照)。
その利用状況を取材するべく、再び東無田地区の支援拠点を訪ねた。

ほぼ毎日来ています。家は全壊しているので、現在は車庫を改装して、そこで寝泊まりしています。日中は暑さが厳しいので、ここで新聞を読んだり、食事をしたり、地域の人たちと話をしたり。クーラーがあって涼しいですから、助かっています」と、利用者の男性は微笑む。

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「地元の人と顔を会わせる機会が増えました」と利用者

また、あるご夫人たちは、毎週1回、ここで開催される裁縫教室が楽しみになっていると教えてくれた。
「地震が起きる前までは、地域の人たちと顔を会わせることも少なかったばってん、支援拠点ができてから、毎週水曜日に、ここで裁縫教室が始まりました。参加者は21名おります。最初に体操をして、それから縫い物をするのですが、縫い物を教える先生も、被災された地元の人なんです。おしゃべりしながら、笑いながら楽しんでいるので、気が紛れて、ストレス発散になっています。この前はポーチを作ったんですよ」。

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裁縫教室に通っているというお二人。「支援拠点は私たちにとって欠かせない場所になっています」

他にも、おしゃべりを楽しむ人たちや、ちょっと昼寝をする人たち、子どもを遊ばせる家族など、多くの地域住民が集っていた。

そしてもうひとつ、「支援拠点」は重要な役割を担っている。ボランティア活動の拠点である。3日間にわたりバーベキューの炊き出しを行ったボランティア団体も、ここを拠点に活動したという。取材で訪れた日は、信楽と京都造形芸術大学による「一汁一菜の器プロジェクトが行われていた。

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活動について説明する「一汁一菜プロジェクト」のスタッフ

このプロジェクトは被災地に器を届ける活動で、2011年の東日本大震災後にスタートしたという。信楽や京都を中心とした窯元・陶芸家と京都造形芸術大学による復興支援活動だ。

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関西からたくさんの器とともに車で訪れたというスタッフたちが、物資の説明をしながら、3〜4個の器がセットになった箱を、被災者へ丁寧に手渡ししていく

「地震で器を失った人に、信楽を中心とした関西の陶芸家の器を使っていただこうと思い、届けに参りました。あったかい手作りの器で食卓を楽しんでいただければと思います」と、京都造形大学の上田篤さんは被災者へ想いを伝えた。

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飯椀・汁椀・七寸皿・湯吞みといった器のセットが無料配布された

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器はどれも作り手の温もりを感じるものばかり

「器の支援は本当に助かります。仮設住宅への入居が決まり、これからは避難生活から一歩を踏み出した生活になる。そのときに、やっぱりモノが必要になりますから。今までは被災した家の片付けに追われて、“しばらくはモノはいらん”と思ってたけど、結局、新しい生活を始めには、またモノが必要になるとよね」と苦笑する男性の言葉が、被災者の複雑な現実を物語っていた。

コミュニティースペースとして、ボランティア活動の拠点として、大きな存在感を発揮している「支援拠点」。現在、仮設住宅の整備が進み、被災者の生活は新たな局面を迎えている物資、そして心と体のケアを目的とした支援は、まだまだ必要だ。
例えば前述の裁縫教室のように、得意な事を生かしてボランティア活動を行うというのはどうだろう。絵や俳句の教室でもいいかもしれない、ストレッチ運動やワークショップを開催するのも手だ。
活動の「場」はある活用するアイデアと人材がもっと増えれば、被災地の状況はより前へと進んで行くはずだ。

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「支援拠点」の利用予約帳。利用率の高さがうかがえる

いまできること取材班
文章:高野正通
撮影:長谷和仁

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